5番目はいつまでも手を伸ばし、



 松本の視界にふと入ってきた、キャップを深く被った背の高いシルエット。
 彼の正体にいち早く気づいた松本は、その場に立ち止まって彼が近づいてくるのを待った。
「長瀬くん、おはようございます」
「あ……あぁ、松潤か! おはよー、誰かと思った!」
 精悍な顔立ちが崩れて豪快な満面の笑みに変わる。松本より6つほど年上なのに、その笑顔には少年らしい無邪気さが溢れている。
 不思議なギャップを持ち、独特の存在感がある、というのが、松本の長瀬に対する印象だった。
 普段はどちらかというとマイペースで親しみやすそうな雰囲気なのに、俳優として立っているときなどはこちらが物怖じしてしまうくらいの圧倒的なオーラを感じることさえある。
 デビュー間もない頃の嵐のコンサートでは、TOKIOの衣装をまるまる借りることが多々あった。そのときに長瀬の衣装を借りていたという事実が、松本の長瀬に対する親近感を少しばかり強くしてはいるけれど。
「今日はTOKIOの皆さんで仕事ですか?」
「うん、そう。トーク番組の収録」
「そうなんですか。俺たちはバラエティ番組の収録なんです」
「あー、あれ、おもしろいよね。俺も1回行ったんだよね、山口くんと」
「憶えてます。お2人、すごく強かったですから」
「アハハハ、ホント? あ〜、でも……今、忙しそうだから収録も大変だね」
 長瀬は何の邪気もなくにかりと笑って、「嵐はみんなまだ若いからいいけど、体は大切にしないとね」などと言う。
 けれど長瀬は、嵐の最年長である大野のたった2つ年上なだけなのだから、まだ“若い”範疇に入るはずである。TOKIOの年長組である城島や山口、太一らよりも、嵐メンバーとの方が年齢差は少ないのだから。
「長瀬くんって……城島くんとは、歳いくつ違うんですか?」
 大きな年齢差があるということは知っているが、TOKIOの最年長と最年少の正しい歳の差がわからなくて松本は訊ねた。
「8つだよ」
 さらっと返ってきた答えに驚く。
「8つ……そんなに違うんですね」
 デビュー当時、松本にとっては、3つ年上の大野でさえ酷く遠い存在に思えたものだった。
 その倍以上の差。
 単純に考えても、長瀬が小学校を卒業する頃、城島は成人していることになる。
「そうだねー。Jr.入って……俺が小学校5、6年の頃から面倒見てもらってたからね。TOKIO結成する前から……半分、保護者みたいな」
 アハハと明るく笑う長瀬。
 松本は自分が所属するグループのリーダー――大野を思い浮かべた。
 最年長とは言え、いわゆるリーダーシップと呼ばれるものを発揮することを大の苦手とする彼。
 嵐は皆が同じ立場で年齢は無関係だと今なら言えるけれど、やはり昔は違った。仲の良さで言えば二宮は大野に懐いていてかなり心を許しているようだったし、松本自身も櫻井を尊敬しよく遊んだりもしていたが、Jr.での活動歴や年齢の関係から、大野と櫻井の年上組、相葉、二宮、松本の年下組に自然と分かれてしまうことがよくあったのだ。

 大野の背中が遠かった。
 どこを取っても美しい、普段のぼんやりした様子からは想像できないくらいしなやかで躍動的な彼の踊り。
 やや細いが綺麗に響く、メインヴォーカルとなる彼の歌声。
 あの頃は、いつ彼に追いつけるのだろうかと――いつになったら手が届くのだろうかと、思っていた。

「長瀬くんは……城島くんを、遠い存在に感じたことってありますか……?」

 立ち止まった長瀬の表情がふと真顔になり、答えはすぐに返ってきた。

「そんなの……昔も、今も、ずっとだよ」


       


 8つの歳の差は大きい。……途轍もなく、大きい。
 長瀬にとって城島は、出逢った頃からもう、1人の大人だった。
 初めて顔を合わせた頃はまだ長瀬の方が背は低かったが、もともと長身だったため、中学生になった頃にはもう抜かしてはいた。けれど、いつまでたっても彼は大きい人だと思っていた。
 その認識が覆ったのは、ほんの3、4年前だった。
 ある日ふと眼に入った城島の背中が、とても小さく頼りなく見えた――そのことに、長瀬は大きなショックを受けたのだ。

 幼心に憧れた、ギターをかき鳴らす姿。
 合宿所では一緒にふざけあってバカをやったりもしたけれど、宿題を見てくれたり長瀬が寝つくまで寄り添っていてくれたりした。
 長瀬のすることをひとつも否定せず、ただ見守ってくれた。
 めったに声を荒げることなどなかったけれど、きちんと叱るべきことは叱ってくれた。
 いつまでも追いつけない人だと思っていたのに、その細い背中が不安を掻き立てた。

 彼はいつの間に、こんなに小さくなってしまったんだろう――。

 追いつけない、追いつきたいと思っていた城島の背中に手が届こうとしている――喜ぶべきことのはずなのに、長瀬は喜ぶどころか怖くなってしまったのだった。
「俺は、リーダーにはずっと遠い存在でいてほしいって思ってるところ、あるんだよね」
「……どういうことですか?」
 松本は不可解そうな表情を浮かべる。
「やっぱり、出逢った頃の印象ってデカイのかな。俺にとってリーダーは、いつまでたっても“大人の男”なんだよね。カッコイイな、すごいなって……憧れてた気持ちが今でもあるから。だから、ずっと俺の前を走っててほしい、追いつかせないでいてほしいって思うとこもあるんだ」
 とてもしっかりしてきた、とメンバーに言われることも増え、それは純粋に嬉しいのだけれど、やっぱり根はTOKIOの5男坊。メンバーの前ではまだ、末っ子の特権で甘えていたいと思う。
「松潤は、そんなことない?」
「そうですね……俺は、どちらかというと、やっぱりリーダーには追いつきたい気持ちが大きいと思います」
 くっきりとした二重の眼にまっすぐな力を湛えて、松本はゆっくりと言葉を紡ぐ。
「うちのリーダーは、自分の凄さを全然わかってないんですよ。それがもどかしいことも多いんですけど……だからこそ得体が知れないと言うか、到底追いつけないんだろうなって感じるから……こっちも追いついてやるって気持ちを掻き立てられるのかなって思います」
「あ〜何かわかる気がする。大野っぽいねそういうとこ」
 うちのリーダーは本来二枚目気質だから、自分の見られ方とかはよくわかってるんだよね、と長瀬が言うと、松本は城島くんは頭の回転速そうですもんね、と答える。
 頭の回転も速いし、他人の感情の機微にも敏感な方である。――ただ、自身に向けられる愛情には疎いんだよね〜、と長瀬は思う。
 山口が、太一が、松岡が、そして長瀬が、事あるごとに城島を話題にしいじるのが多いのもそれに起因したことなのだが……おそらく城島がそれに気づくことはないのだろう。
「あれ……あそこにいるのって、相葉ちゃんとニノと……太一くんと松岡くん、じゃないですか?」
 松本の声に導かれて長瀬が眼を向けた廊下の壁際にその4人がいて、何やら話し込んでいる様子だった。
「ホントだ、何話してるんだろ。……よし、行ってみよっか松潤!」
「えっ……」
「太一くーん、松岡くーん、何話してるんスかぁ!!」
 松本の返答も聞かずに太一の背中に飛びついていった長瀬は、「静かにしろっ、リーダーと大野に気づかれるだろ!」と小声で怒鳴られ叩かれる羽目になったのだった。


2010.09.12


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