2番目は傍らに在ることを誇る。



 ジーンズのポケットで携帯電話が震えた。
 テレビ局の廊下を歩いていた櫻井は足を止めずそれを取り出し、パチリと開く。【新着メール1件】の表示。
 携帯電話の操作に気を取られ、櫻井は自分が廊下の交わる箇所へさしかかっていることに気づいていなかった。
 人の気配をごく近くに感じて顔を上げた瞬間、誰かの躰にぶつかる。
「あっ」
「うわっ?」
 ゴトン、とカーペット敷きの床に櫻井の携帯電話が落ちた。
「すいません――って、あれ、翔か」
 ぶつかってしまった人物が振り返る。眼の位置は僅かばかり下だが、がっちりとした逞しい体型の男性。
「あ、山口くん……おはようございます。すみません、大丈夫でしたか」
「全然、何ともねーよ。こっちこそ悪かったな、ちゃんと前見てなくて」
 山口は櫻井の携帯電話を拾い上げて手渡した。その反対側の左手に、同じく開いた携帯電話を持っている。
「ありがとうございます」
 携帯電話を受け取ったはいいものの、櫻井は受信メールを今開くべきかどうか迷った。しかし、山口が立ち止まったまま自分の携帯電話を操作しだしたので、手早く操作してメールを開く。
「え……」
「あ?」
 差出人と文面を見て思わず声を漏らすと、ほぼ同時に山口も声を上げていた。
「翔……もしかしてメール、大野から?」
「あ、じゃあ、山口くんは城島くんから……」
「そ。今大野としゃべってる、おもろいことになってるわ〜って。めっずらしい」
「ホント珍しいですね……智くんが先輩としゃべってるってこともそうですけど、その相手が城島くんっていうのも」
 櫻井の携帯電話が受信した大野からのメールには、【今、城島くんと一緒にいるよ。翔くんも来て!】と絵文字付きで書かれている。来て、と言われてもその場所が書いていないのが大野らしかった。
「二人、どこにいるんでしょうね」
「自販機のあるソファのところ、だってさ。行ってみるか?」
 山口の提案に、櫻井は一も二もなく肯く。
 ゆっくりと歩き出しながら、櫻井は、そういえば山口とこうして二人きりで話すことなどほとんどなかったなあと思った。
 気さくで人付き合いのいい先輩で、相葉や松本はサーフィンに連れて行ってもらったことがあるようだ。
 櫻井にはそのような個人的な付き合いはなかったが、TOKIOというグループの山口の立ち位置を意識することはあった。
 どちらも、リーダーとの歳の差は一学年。(ちなみに、誕生月もそれぞれ一緒だったりする)
 グループで二番目の年長。
 もちろん性格などはまったく違うのだけれど、いわゆるリーダーシップに溢れているわけではない“リーダー”の補佐役、そしてグループ全体の雰囲気を底で支えるような姿勢を、見習いたいと思って見つめていた。
 今は、やっと自分なりの存在価値を見つけられたかなと思っている。
 グループの勢いが上昇しているということはきっと、5つの歯車がうまく噛み合っているということだろう。
 だから不満などはない。――ない、けれど。
 櫻井はひとつ、どうしても山口を羨ましいと思ってしまうことがあった。
「何か考え込んでるって顔だな?」
「えっ……」
 山口が顔を覗き込んできて初めて、櫻井はどうやら自分が穏やかでない表情を浮かべていたらしい、と気づく。
「すいません……。ちょっと考え事していたのはそうなんですけど、全然大したことじゃないんです」
「そうか? ま、話して楽になるもんなら、いくらでも聞いてはやるけど」
 ゆったりとした口調と笑みが、安心感をもたらしてくれる。
 楽になる、というよりはただ、自分の興味本位だけれど。山口とこうしてふたりきりで話す機会などそうそうあるまいと思い、櫻井は口を開いた。

「本当に取るに足らないことなんですけど。……山口くんと城島くんってすごく、コンビというか……“二人で一緒”っていうイメージが強いじゃないですか。それが、羨ましいなぁと思うんです」


       


「何だそりゃ」
 山口は呆気に取られた表情を浮かべ、苦笑する。
 理知的であるはずの櫻井が投げかけてきた台詞が、あまりに感情的なものだったから。
「まあ……二人でやらせてもらってるCMもあるし、あとはDASHのイメージだろ。事実、俺とあの人のコンビは多いから。あとはそうだな……付き合いの長さかな」
「でも確か、太一くんもそんなに変わらないって聞きましたけど……」
 確かに、事務所の入所時期でいうなら山口より太一の方が先だ。城島と太一の初対面は山口の入所前だし(たとえそれがお互いに険悪な印象を植えつけたものであっても、だ)、純粋な付き合いの期間、ということならば、両者にあまり差はないかもしれない。
「……いやに突っ込んでくるな?」
「すみません、深い意味はなくて……でも、すごく興味はあります。前から訊いてみたいと思ってたんです」
 そう言って、櫻井は山口にまっすぐな視線を向ける。
「うちのグループって歳の差はほとんどないんですけど、入所時期の差が少しあるんです。その関係で、デビュー直後は俺と大野、相葉と二宮、松本、という感じで分けられることが多かったんですね。でもそのうち、そういう差は少なくなっていって、今では5人が同じラインで見られるようになりました。それはとても望ましいことだと思ってます」
「だな」
「でもTOKIOの皆さんだって、一人ひとりが個性ある仕事をこなしていて、決して歳の差がどうこう、って訳じゃないじゃないですか。グループが2対3で分かれてる訳でもない……だけど何だか、山口くんと城島くんのコンビは、“さも当たり前に”、だけど“特別”に存在してる気がして……その在り方が、こう……羨ましいな、と……」
 櫻井が吐露した感情から透けて見えるのは、すなわち、櫻井の大野に対する感情だ。
 それに類するものをよく知っている山口は、ついふっと笑いをこぼすように息を吐いた。
「なぁ、翔。今から真面目に小っ恥ずかしいこと訊くけど、いいか?」
「えっ? な、何ですか?」
 やや身構える櫻井に、山口はにやりと笑んだ。
「翔は大野のこと、人間として尊敬してる。……だろ?」
 半分断言するような問いだった。
 櫻井は一呼吸も置かずに、大きく肯き返す。
「そうですね」
「で、メンバーの中でなまじ付き合いが長い分、大野のことは何でもわかってたいし、一番の理解者でいたい」
「……はい」
「他のメンバーが大野について自分より詳しかったりすると、嬉しい反面ちょっとイラッとしたり……」
「ちょ、ちょっ、待ってください、山口くん!」
 慌てて制止した櫻井が次に何を訊いてくるのか、山口はわかってしまっていた。
「どうした、翔? 間違ってねぇだろ?」
「いや、あのっ……逆に、当たりすぎてて怖いんですけど……」
 山口はからからと笑い、「だろうな」と答えた。
「それ全部、俺の、あの人――城島茂に対する感情だからさ」
 山口自身は、松岡ほどまめに後輩らの番組をチェックすることもないので、そこまで櫻井と大野について知っていることも多くない。
 それでも感じるのは、大野が無自覚に寄せているであろう、櫻井への信頼だ。
 城島とはまた違って、根本的に目立つことや人の前に立つことが苦手な大野は、まとめ役や進行役をほとんど櫻井に任せている。
 表面では任せっきりに見えるのだけれど、精神的にはそうではないのだ。
 櫻井はバックに大野という存在があるからこそ、まとめ役として前に出て行ける。……精神的支柱が大野なのだ。
 それは山口とて同じ。
 城島を精神的支柱にしているからこそ、彼の前でだけは、弱みをそのまま見せたり子どもっぽくはしゃいでみたりしてしまう。
 けれど、城島は自ら矢面に立とうとすることも多い。――そういうときは山口が、彼が安心して戻ってこられる場所として、一番傍にいるのだ。
「山口くんくらいになっても、俺と同じような気持ちを抱いてるんですねぇ……」
 山口は、感慨深い様子で同調の視線を向けてくる櫻井の肩にぽんと手を置いた。
「そんなん、歳食ったってそう変わるもんじゃねぇって。“あの人”の魅力に捕らわれて、深みにはまった俺らの負け。……な?」
 山口と櫻井、“あの人”が指す人物はそれぞれ違うけれど。
「……ホント、その通りですね」
 顔をくしゃりとさせて笑った櫻井の表情は、とても満足気であった。


 山口と櫻井が廊下の角を曲がると、自動販売機に背中を向けてソファーに座っている城島と大野の姿があった。
 猫背で肩を寄せ合って、何やら楽しそうにくすくすと笑っている。
「しげ!」
「智くん!」
 グループの次男が、それぞれ特別な呼び方で長男を呼んだ。
 そろって顔を上げた城島と大野の顔に、ゆるやかな笑顔が浮かぶ。
 さも当然のごとく、山口は城島の左側、櫻井は大野の右側に滑り込んできたので、3人掛けのソファはぎゅうぎゅうになった。
「もぉ、何やってんの……櫻井まで巻き込んで」
「いーじゃん、押しくら饅頭みたいでおもしろくない?」
「翔くん、狭いって〜」
「ごめんごめん。何なら、俺の膝の上にでも座る?」
「……ばーか、座んないよ」
「ちょぉ、達也、じぶんがどいてくれんと僕がどけへんのやけど……」
「だーめ、どかさない。あなたの隣は俺の特等席だからね」

 覗き見していた6人が飛び出してくるまで、あと数秒。

 

2011.6.28




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