4番目は愛情くらべ、



「二宮!」
 自分を呼ぶその声はとても特徴的だったので、二宮は振り返る前にその声の主がわかっていた。
「おはようございます、松兄」
 事務所に所属する先輩たちの中では一番と言っていいほど親交のある、松岡だ。
 気さくで面倒見がよく、二宮だけではなくて、嵐のメンバーでは特に相葉や大野も彼を慕っている。
「珍しいなぁ、お前とこんなとこで会うの。これから仕事?」
「はい、嵐5人で。松兄は?」
「俺も、これから5人で収録だよ」
 にっと笑った兄貴分は、自らが所属するグループを大好きだと公言して止まない。
 TOKIOは個人活動も活発だから、こうして全員揃う機会がとても嬉しいのだろう。
 二宮も、世界中で自分が一番嵐のファンだと思っているから、その気持ちは痛いくらいにわかる。
 ドラマや映画などの個人活動も好きだし深く遣り甲斐を感じてもいるが、二宮はいつだって『嵐』という看板を背負っているという気持ちで臨んでいる。
 『嵐』の一員なのだという矜持が、どこにいても己を強くさせてくれる。――そう、世界的に有名なあの場所でだって。
「うちのリーダーはどうですか?」
 松岡と大野は現在、ドラマで共演中だ。映画の撮影で飛び回っている二宮よりも松岡の方が、今は大野とよく会っていることになるのかもしれない。
「いいねぇ。俺、大野の芝居好きだからね。また一緒に(れてすげぇ嬉しいよ」
 松岡の揺らがず迷わないその言葉が、二宮にとってどれだけ心強かったか。
 大野の限りない才能が広く一般の眼に留まりはじめたのはほんの最近のことで、それまでははっきり言って、彼の世間での印象は薄かったろう。
 Jr.として活動している頃から大野に懐き、彼の凄さを眼にしてきた二宮にとって、それはとても歯痒いことだった。
 ただ二宮にとって、不必要に目立ちたくないという大野の考え方も大いに理解できるところだったので、彼の才能を知らしめたい想いとそっとしておいてやりたい想いをずっと持て余していた。
 だから、これ以上なくまっすぐに大野の才能を認めてくれた松岡の言葉を聞いて、二宮は本当に嬉しかったのだ。
「ラストは二人対決するんでしょ? 楽しみにしてます」
「まだそのシーン撮ってねぇんだよ。俺も今から楽しみなんだよなぁ」
 前方に二つの人影が見える。――それはとても見慣れた後姿。
「……相葉ちゃん?」
「あれ、太一くんじゃん」
 廊下の角で、太一と相葉が立ち話をしている。
 見たところ太一の口の方がよく動いていて、相葉はそれに相槌を返している程度のようだ。何を話しているのだろうかと、二人の歩みが自然早まる。
 そしてその二人に声をかけようとしたのだが――
 二宮と松岡の眼に飛び込んできた光景が、知らず揃って口を開かせた。

『あ、リーダー』
 

       


 松岡と二宮の唇からこぼれた声を拾った太一が振り向いて、人差し指を立てて唇に当てる。
「静かにしろ、せっかく珍しい光景なんだから」
 まるで野生動物を観察しているようだが、ある意味、城島と大野という人間は天然記念物に該当してもおかしくない、かもしれない。城島の生態はメンバーをして24時間カメラをつけて観てみたいと言わさしめるほど謎に包まれているし、大野は多彩な分野で非凡な才能を発揮しているし。
 両方をよく知る松岡にしてみれば、どちらも決して口数の多い方ではないし自分から喋る方でもないので二人で並んで沈黙していてもおかしくないと思うのに、眼に映る城島と大野は微笑を浮かべて楽しく話をしている様子である。
「ねぇ松兄、松兄は城島くんに癒されません?」
「……は?」
 突然相葉がそんなことを訊ねてきて面食らったが、横から太一が簡単に説明を入れてくれた。
「で、俺はリーダーになんか癒されねぇよって言ったの。お前は……半々くらいか?」
「何で勝手に決めんのよ。俺だってあんな人に癒されなんかしないよ! 何しでかすかわからないし不健康な生活してるくせに無茶しようとするし気なんか休まるわけないって!」
 一気にまくし立てる松岡を、太一はなかば呆れた眼で見遣る。
「お前ってホント……何でそんなにリーダーのこと好きなんだか」
「ちょっと太一くん、俺はそんなこと一言もッ……」
 口で否定していても耳が真っ赤では説得力はない。
 相葉は「癒されないけど好きってことですね!」と、都合のいいふうに解釈していた。
 本来ならつっこむべきところなのだろうが、それは確かに事実なのでつっこまずにおいた。
「リーダーのこと好き、ってことに関しては、俺、松兄に勝てる自信ありますよ?」
 二宮の浮かべた笑みは、おもしろい悪戯を思いついたときのものだった。
「ニノのリーダー好きは嵐になる前からだもんね。最近、5人が揃う収録ではリーダーにずっとひっついてるしね〜」
 にこにこ笑いながら相葉が言えば、二宮はさらりと素直に肯定する。
「普段からリーダーにひっつくの好きなんですけど、今は京都に行ってることが多いので余計、リーダー不足なんですよ。だから自然とリーダーのこと触りにいっちゃうんですよね」
 それに応えたのは当の松岡ではなく――こちらも悪戯めいたにこやかな笑みを浮かべた太一だった。
「大丈夫だって松岡、負けてねぇよお前! お前のリーダー好きもTOKIOに入る前からだし、何てったってドラムやったことないくせにオーディションに志願して………」
「太一くんッ、余計なこと言わないでいいからッ!! 絶対面白がってるでしょ!?」
「わーその話詳しく聞きたいなー」
「俺も聞きた〜い」
「聴かなくていいッ!!」
 リーダー2人に気づかれないように、という配慮はいつの間にか忘れ去られて、廊下の一角は一瞬にして喧騒と化したのだった。    



2010.07.03


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