− 家族になりたい・2 −

 ◇ きっと明日も



 太一、昌宏、智也の3人が『喫茶 TOKIO』を出たのは、夕焼け色がだんだん夜の色に変わっていく午後6時半すぎだった。
 智也が嬉々として中学校での学校生活を話したり、昌宏の勉強について茂が訊ねていたり、太一と智也のサッカー談義に達也も混ざったりで、楽しい時間はあっという間に過ぎてしまった。
 茂と達也は、夜道を3人だけで帰すのは不安だから送っていく、と言ってくれたが、それは3人の意見が一致して辞退していた。
 歩いて十数分の距離だし、翌日がまだ平日で2人も仕事があるから、というのが辞退の理由だったが、子ども扱いばかりではなくて、きちんと成長しているんだというところを見せたいという意識の現われだった。
「茂兄ちゃんも達也兄ちゃんも変わってなかったね。元気そうだったね」
 大好きな兄たちと会えて幸せいっぱい、おなかもいっぱいの智也はいつもに増して上機嫌だ。
 しかし、にこにこ笑う彼の隣で、昌宏は少し浮かない顔をしている。
「マボ、どうしたの?」
 智也に問われて、昌宏は「うん……」と返答はするがその先を濁してしまう。
 しかし、彼がそのように思い悩む原因は、太一にとってはとてもわかりやすいものだった。
「昌宏は茂くんが心配なんだろ?」
 こくりと素直に肯いた昌宏を見て、かなり本気だなぁと太一は思った。
「茂くん、もともと睡眠時間少ない人でしょ? 小食だし……1人で忙しかったり大変だったりしたら、体調崩さないかなって……」
 茂の体型は確かに線が細いし、運動も好きではないし、生活リズムも規則正しいとは言えない。
 (茂の体型が細いと言うと彼は必ず「太一も細いやんか」と言い返してくるのだけれど、こちらは運動してて健康的なんだよ、と言うのが太一の言い分である。)
 そこまで体調を崩しやすい方ではないと思うのだが、幾ら達也が一緒とはいえ慣れない新しい環境でもあるし、昌宏はいささか心配性すぎるにしても、言い分に一理はあるかもしれない。
「あとで達也くんにメールしとくよ、気をつけといてって。そんな心配しすぎんなって、達也くんがいるんだから大丈夫だよ」
 太一、昌宏、智也の3人がそれぞれ入園してきたときから、茂と達也は一緒にいるというイメージが強かった。
 性格も趣味も考え方も違う彼らだから、3人が思っているよりは一緒の時間というのは少なかったのかもしれない。
 けれどそんなイメージを持ってしまうほど、2人の仲、結びつきというのはその頃から育っていたのだろう。
 だからこそ3人は、茂が『おあしす園』を出るのに達也がついていくことにわずかな疑問も抱かなかったし、それが当たり前だと思っていた。
「うん……。俺、高校生になったら、絶対『喫茶 TOKIO』を手伝う。ずっと考えてたけど、今日、決めた。この一年は何もできないけどさ……」
「いいじゃん。茂くんもきっと喜んでくれるよ」
 太一はニッと笑って、自分より背の高い昌宏の背中を叩く。
 しかし昌宏はまだ不安げに「そうかなぁ……」を呟いた。
「茂くん、反対しないかな……?」
「大丈夫だって。お前が将来料理人になりたいって、茂くんも知ってくれてるんだし。成績悪くなったりしたらどうだかわかんねえけど」
 うっ、と詰まった昌宏の背中を、太一は再度叩いた。
「心配すんな、説得するときは俺が援護してやる」
「太一くん……!」
 昌宏はぱぁっと表情を輝かせた。
 太一は少し間を置いてから、ちょっと顔を背けてぼそりとこぼす。
「俺は部活やってるから頻繁には無理だけど……。今年の夏休みとかには、ときどき手伝いに行ってやるよ」
「いいなぁ、太一くんとマボ! 僕も手伝いたいっ!」
 はいはいっ、と手を上げながら智也が割り込んでくる。
「智也、お前料理出来ないだろ?」
「うん、出来ない!」
 施設での食事当番でも、智也の仕事は米を淅すか野菜を洗うか食器を洗うかで、包丁などとても危なくて持たせられないという状態なのだ。
「だったら何を手伝うんだよ?」
「何か! 何か手伝う! 太一くんとマボだけずるい!」
 ここで手伝えないだろ、と言っても智也が駄々をこねるだけだと判断した太一は、「じゃあ今度茂くんに訊いてみな、手伝えることあるかって」と答えることでこの場を切り抜けた。
 正直、出来ることなどなさそうなのだけれど、智也に甘い茂のことだから何かしら仕事を与えてやるのだろうと容易に想像できた。
 すっかり闇に染まった空は晴れていて、小さな星がところどころでキラリキラリと瞬いている。
「明日も晴れそうだね」
「そうだな……」
 松岡の呟きに太一が答える。
 『おあしす園』のあたたかな灯りが見えてきた。
 茂と達也の住居部分になっている『喫茶 TOKIO』の2階にも、同じような灯りがともっている――きっと。          


2010.05.23

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