− 家族になりたい・1 − |
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◇ ある日の午後 |
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ポーン、ポーン、ポーン、ポーン。 柱にかかったレトロな壁時計から鳩が飛び出して、午後4時を告げる。 80年代の洋楽が刻むゆったりとしたリズムが流れる中、『喫茶 TOKIO』のカウンター内では茂がサンドウィッチをつくっていた。 カウンターの一番奥の席には達也が座っていて、アイスコーヒーを啜っている。 達也は、ここから自転車で10分ほどの距離にある工務店で働く大工である。 いつもなら帰宅はもう少し遅い時間なのだが、今日は特別に早く上がらせてもらってここにいる。 それは、現在店内に客の姿はないのに茂がサンドウィッチをつくっているのと同じ理由からだった。 「そろそろかなぁ」 時計を見上げてぽつりと呟いた茂に、達也は「そうだね」とあいづちを打つ。 それから5分も経たないうちに、バタバタバタッと外で騒がしい足音がしたと思ったら、店のドアがバンッと開いてドアベルがけたたましく鳴り響いた。 「茂兄ちゃん達也兄ちゃん、遊びにきたよっっ!!」 「こら智也っ、そんなでっかい声出すなッ!!」 「他のお客さんの迷惑でしょうがっ!」 入ってくるなりべしべしっと二人の兄貴分に叩かれた智也は、しゅんっとうなだれてしまう。 「あ……ご、ごめんなさい、僕……」 「ええよ智也、今はちょうどお客さんおらんかったから。でも次からは気ぃつけてな?」 おそるおそる顔を上げて茂のいつもどおり優しい微笑を確認した智也は、「うん、気をつける!」とにぱっと笑った。 その後ろでは太一と昌宏が、相変わらず茂くんは智也に甘いよな、なんてこっそりこぼしていたのだが。 茂と達也が『おあしす園』を出、『喫茶TOKIO』を始めてからもうすぐ一ヶ月だが、太一と昌宏、智也がそろって訪ねてきたのは、実は今日が初めてなのだ。 一番二人に会いたがっていたのは智也なのだが、彼は小学校から中学校に上がるということでそれなりに準備が忙しかった。 太一は所属しているサッカー部の練習が毎日あるうえ、茂と達也を慕ってはいるがそれを素直に表す性格でもない。 結局春休み中には、剣道部に所属しているが比較的練習が少なかった昌宏が、一度訪ねただけ。 それぞれの学校が始まってからは余計に忙しくなってしまって暇がなかったのだが、今日は太一と昌宏の部活が両方とも休みだということで訪問が実現したのだった。 「達也くんも今日は仕事終わんの早かったんだね?」 「あぁ、特に急ぎの仕事もねぇし、早めに上がらせてもらったんだよ」 達也と太一がしゃべっている横では、昌宏と智也が身を乗り出して、茂の手元を興味津々に見つめていた。 「うわあ、めちゃくちゃ美味しそう! 茂くん、それ何サンドっ?」 「ん、こっちがミックスサンドで、こっちがクラブハウスサンド。もうすぐ出来るし待ってな。……あ、達也」 茂が名前を呼ぶと、達也は「あぁ、忘れてた」と呟いて立ち上がる。 何事だろうと太一、昌宏、智也が見ていると、達也は入り口のドアを少し開け、【OPEN】のドアプレート(これももちろん達也の手製だ)をひっくり返して【CLOSE】にした。 「お店閉めちゃうの?」 昌宏が驚いたように訊くのに、茂はやんわりと微笑む。 「せっかく3人がそろって遊びにきてくれたんやもん。今日は特別や」 「……本当に今日だけにしてよね。俺たちが来るたび店閉めてたんじゃ、経営成り立たないよ?」 素直に喜ぶ昌宏と智也とは違って、太一はちくりと現実的な言葉を放った。 けれどこれが太一の感情表現の一種とわかっている茂は、「うん、わかっとるよ、今日だけな」と素直に肯く。 「達也、サンドウィッチお皿に盛って出したって。僕、ドリンクやるし」 「はいはい」 茂は3人に飲みたいものを訊ねた。 太一はブレンドコーヒー、昌宏はカフェ・ラテ、智也はミックスジュースというオーダーを受け取ると、手早く準備を始めた。 達也はカウンターの中に入ると、どこからともなくさっとエプロンを取り出して身につけ、手を洗ってから皿にサンドウィッチを盛りつける。 「はいよ。ミックスサンド2つにクラブハウスサンド2つ、お待ち!」 サンドウィッチは、商品として出すときと同じようにきちんと整えて盛り付けられていた。 食パンの耳を残したままというのは茂のひとつのこだわりで、トースターで焼いているパンはきれいなきつね色だ。 「兄ィ、えらく手際いいね?」 達也は基本的に器用で何でもこなすが、料理はどちらかというとあまりする方ではなかった。 だから昌宏にとっては意外だったのだが、達也はこともなげに「そりゃ、ときどき店手伝ってるからな」と答えを返した。 「土日の食事時とか混むことあるから、料理の盛り付けと簡単なドリンクは出来るようにしたの。まぁ、たまにだけどね」 いわゆる繁華街からは少し外れた場所であるし、カウンター5席、4人がけテーブルと2人がけテーブルが2卓ずつというこじんまりしたキャパシティーが満席になることは多くはない。 けれどオーダーが重なったりすると茂一人では手が足りなくなることもあるのだという。 「茂くん、やっぱりアルバイト1人でも雇ったら? もともと前のマスターと茂くん2人でやってたんだからさぁ」 茂がまだ施設にいる頃、基本的には一人で店を回すのだと(達也の手伝いは換算済みだった)話したときと同じことを太一は言った。 「ん〜、でもそんな余裕ないしなぁ」 困ったように微笑みながら太一にブレンドコーヒーを出した茂がはっきり否定しなかったところを見ると、人手不足を感じているのは本当らしかった。 「俺が手伝えたらいいのに……」 肩を落として呟くのは昌宏だ。 彼は将来の夢は料理人、と今から言っているくらい、料理が好きなのだ。 施設の夕食は基本的に職員と子どもたちのローテーション当番制だが、自身の申し出により特別、昌宏一人の当番の日があるくらいだ。 それに昌宏は何より茂のために役立ちたいと思うのだが、まだ中学生なうえ今年は受験生なので、茂が承知しようはずがなかった。 「ありがとう、昌宏。僕は大丈夫やから、気持ちだけありがたくもらっとくよ」 にっこり笑って茂にそう言われてしまえば、昌宏はもう何もいえない。 自分がまだ子どもで頼りないことを歯痒く思いながら、茂が出してくれたカフェ・ラテを少し啜った。 智也のミックスジュース、そして茂自身のBLTサンドとブレンドコーヒー、達也のアイスコーヒーのおかわりが出揃い、カウンターに5人並んで座る。 時計は5時前。 「夕飯にはちょっと早すぎるけど、まぁいいよな。腹へってるし。いただきまっす!」 「いただきまーす!!」 達也の挨拶を先頭に皆が唱和して、サンドウィッチにぱくついた。 「こんだけで足りんかったら、シチューがつくったるからそれ食べたらええわ」 茂の言葉は主に食欲旺盛な達也と智也に向けられていたが、皆が揃って「はーい!」と返事をした。 |
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2010.04.18 |
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