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ボードを抱えて立ち上がり、砂を踏みしめる。 手で庇を作って海の家の方へ眼を向けると、しげはシャッターにもたれて座っているようだった。 乾いた砂が濡れた足にまとわりつくのを感じながら、俺は早足で浜へ上がっていく。 「しげー!」 左腕を大きく上げて手を振ると、少し遅れて気づいたしげが、小さく手を振り返してくれた。 「今日はもうえぇんか?」 「うん。波も落ち着いてきてるから、上がり時だしね」 俺は自分の分のラムネを取るために店の中に入る。しげが持っているラムネの容器が空になっていたから「もう1本いる?」と訊ねた。しげは首を横に振って答えたので、1本だけ手にしてしげの隣に腰を下ろした。 一気にラムネを飲み干した俺を見て、しげはくすくすと笑う。 「達也、そんな一気に飲んだらお腹たぷたぷになるで」 「しばらく動かないからいいよ」 濡れた髪を後ろに掻き上げて、俺は伸びをする。 しげは右手に持ったラムネの容器を太陽に向けて掲げた。カラ、と中のビー玉が音を立てる。日光が容器を通って、独特の色合いを砂地に映し出す。しげが容器を振り、影も揺れる。 「綺麗だね」 はっと俺を振り返ったしげは、はにかんで口元を緩めた。 「……うん。すごい、綺麗」 そうしてまたカラカラと容器を振ると、青緑色めいた影がしげの顔の上に落ちて煌めく。 「それ……海の底みたいな色だね」 海に潜るとき、俺がいつも見ている色だ。 太陽の光が届ききらない、海水が折り重なってつくられたあの深い色。 気を緩めたら吸い込まれてしまいそうになる。底知れぬ闇に続く色、だけど俺を魅了してやまない色。 あぁ、としげの唇から淡く息が漏れた。 しげが容器を太陽に透かして、カラリ、ビー玉が再び音を立てる。 「ほんまや、なあ……」 泳げないと言ったしげはきっと実際にあの色を見たことはないのだろうけれど、海の写真などから得るしげのイメージの中でも、俺と同じような色を思い浮かべてくれたのだろう。 懐かしむように優しい眼差しが、その青緑色と同じくらい綺麗だと思った。 「ねぇ……しげは、ここの海に思い出があるって言ってたよね?」 こくんとしげの首が縦に振られるのを確認してから、再び口を開く。 「それはさ……小さい頃に遊びに来てた、とか?」 もしそうなら、俺はしげと過去に逢ったことがあるかもしれないのだ。これは、昨夜にしげとの会話を反芻しているときにふと思いついたことだった。 俺の物覚えがいい方じゃなく、此処の海に遊びに来ていたという事実くらいしか憶えていないのが悔やまれる。 まぁでも……しげの方も俺のことなんて知らないふうだったし、可能性は低いのだろうけれど。 しげは小さく首を傾げる。 「そぉ、やな……。小さい頃に……1回だけ、来たんよ」 「1回だけ……」 俺は何年か続けて来ていたと思うけど……。幼い頃に逢ったことがあるというのは、やはり俺の勝手な願望だろう。 思い出の内容を詳しく訊いてみたい気持ちはあったけれど、彼にとって大切であろう思い出を傷つけたくはないからぐっと堪えた。 そのとき、しげの唇がわずかに動きを見せた。 「ぼくの―――、――みたい……」 吐息にかき消されるくらいの小さな声は、ちょうど鳴り始めた俺の時計のアラームのせいで聞き取ることができなかった。 | |
2010.08.29 |
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