1番目はのんびり語らい、 | |
テレビ局内の楽屋のドアが並ぶ階の一角、自動販売機とソファが置いてある場所で、大野は意外な人物の姿を見つけた。 彼とは今まで少なからず接点はあったが、歳も離れているし、どちらもプライベートで口数の多いほうじゃないので、特別話をした覚えはなかった。 しかしつい最近ドラマで共演したこともあり、大野は彼に対して自分から声をかけてみよう、と決心できるくらいには気安さを感じるようになっていた。 「城島くん、おはようございます」 ソファに座っている男――城島は、振り向いて大野をみとめると、ふわりと柔和な笑みを浮かべる。 「おはよう、大野」 城島のまろい関西訛りを、大野はとても好きだなぁ、と思う。 多感な少年時代の二年間を京都でがむしゃらに過ごした大野にとってそれは、苦しくも懐かしい思い出を呼び起こす子守唄のようなものだった。 「こんなとこで会うなんて珍しいなぁ。今から仕事?」 「そうなんですけど、ちょっと早く来すぎちゃって」 何か飲み物でも買おうかと、こちらに足を向けたのである。 同じ問いを城島にもすると、「僕は打ち合わせが終わったところやわ」と返ってきた。 大野は、今ではもう「リーダー」と呼ばれることには慣れたが、自分がリーダーであるという自覚はほとんど持っていなかった。 皆をまとめる、打ち合わせに代表して出席する、などのリーダーに割り振られるであろう実務的な仕事については、そのほとんどを櫻井が率先してやってくれるし、普段特別リーダー扱いされるわけでもないので、「リーダーはあだ名です」というのは本当だな、と自分で思うくらいである。 そもそも、「リーダー」という呼称を世間に浸透させたのは城島である。 少年隊にもV6にもリーダーはいるけれど、番組で共演するさまざまなタレント、俳優ら、果てにはファンや一般の人にまで「リーダー」と呼ばれるのは、今のところ城島と大野だけだろう。 自分が今、いろんな人に親しみを込めて「リーダー」と呼ばれていることは、少なからず城島のおかげもあるのだと思う。 城島も、TOKIOのメンバーをはじめとして「リーダーらしくない」とか「頼りない」とかいじられることがあるけれど、本当は彼はまぎれもなくTOKIOのリーダーなのだということを大野は知っていた。 ――城島を敬愛してやまない、大野にとっては良き兄のような人物が語る話によって。 それにTOKIOのメンバーといえば、嵐のメンバー以上に個性的で、大人で、そのうえ自己主張も強そうだ。 その中にいて、城島はきちんと彼らをまとめているように見える、と大野は思う。 強烈な存在ではないかもしれない、けれどいなければ何処かの歯車が狂ってしまって全体に影響を及ぼす、そんな存在。 「城島くんは、ちゃんと、リーダーですね」 だから、こんな言葉がころりとこぼれた。 ◆ ◆ 自分と同じあだ名を持つ後輩の口からこぼれた言葉は、あまりに無用心で頼りなかった。 城島はゆるり、と、改めて大野に視線を合わせた。 眼鏡のレンズを通して見える彼の眼は潤んでいるように揺れて見えたが、彼にとってはいつものことかもしれない。 「大野も、立派なリーダーやんか」 ゆっくり噛み締めるように言ってやると、大野の眉がますます下がって、ふるりと弱く首が振られた。 「おれは全然、リーダーらしいこと、やってないです」 「そんなん僕もやで?」 「そんなことない……だって松兄は、城島くんのこと本当に尊敬してて、リーダーは城島くんだけだって」 ――“松兄” それがTOKIOの四男坊の呼称だということはわかっていても、城島にとっては何だか聞き慣れない、こそばゆいようなあだ名である。 いくら図体が大きく育とうとも、甲斐甲斐しく世話を焼かれようとも、TOKIO加入前の松岡さえ知る城島からしてみれば、彼は弟分でしかありえない。6つも年下なのだから、そんなものだろう。 けれど、大野や他の後輩らからしてみれば、松岡はれっきとした兄貴分なのだ。 彼がこうして後輩に慕われているのはとても嬉しいし、しみじみと「あぁ、あの子がこんなにも大きゅうなったんやなぁ」なんて、親心にも似た心境になってしまう。 「まぁ僕は、バンドの言いだしっぺやったからね、一応。リーダーやから、というよりは、TOKIOのためにできることはやってきたつもりやわ。リーダーになったんは、大野と同じじゃんけんやったしね」 海のものとも山のものともわからない、ダンスグループが主流の事務所で逆らったようなバンド形態のグループに入ってくれたメンバー4人に対する責任感が、もしかすると一番大きかったかもしれない。 決して、順風満帆ではなかった。 それは今も同じ。 TOKIOが歩んできた道筋は、そのときどきで皆と話し合って決めてきたから、悔いはないし誇りに思っている。 TOKIOにしかできないことも、してきたと自負している。 ――けれどふと、今までの道が本当に最良だったのかと、考えてしまうこともある。 人間にも人生にも完璧なんてものはないのだから。 “リーダー”という役割もそうだ、と城島は思う。 何でも出来る完璧なスーパーマンのような“リーダー”なんて、「スゴーイ」なんていう一時の賞賛を浴びることはあっても、何の面白味もないし、いつのまにか忘れ去られてしまうだろう。 「大野は大野で、そのままでえぇんよ。人間くさい、自分の持ってるありのままの魅力を出すのが何より一番や」 そうすることで、本当に自分達を好いてくれて応援してくれる、素敵でカッコイイファンがついてくれる、というのが城島の持論だった。 しかし、何が引っかかるのか、大野は不可解そうな表情で「ん〜」と唸る。 「でも松兄が、城島くんはいろんな顔を持ってて……ほとんど本当の自分を曝け出さないって……」 「……松岡、そんなこと言うとったんかぁ」 くしゃっと破顔した城島の表情は、心なしか嬉しそうだった。 「それがある意味、本当の僕の姿なんよ。バラエティでの僕、ライヴでの僕、司会者の僕――使い分けるのが、僕にとっては当たり前の作業やからね」 「おれはそういうの、絶対できないです……」 「それが大野のえぇところやんか」 ほわり、と城島が微笑むと、大野もつられてふにゃりと表情を和らげる。 コの字型に置かれているソファの角を挟むようにして座っている二人の“リーダー”の背中は、後ろから見ると、同じように丸みを帯びた猫背だった。 | |
2010.04.02 |
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