「な、何っ……!?」

 とっさに腕で両眼をかばったものの、閃光はトモヤの視界を奪った。
 埃っぽい空気が気管に入って、ゴホゴホと咳き込む。
 だんだん、真っ白だった視界に物の形がぼんやりと浮かび上がってくる。――トモヤの前方に、人間の気配が在った。
 立ち尽くしているその人影へ、トモヤは手を伸ばそうとした……が。
 背後から襲いかかる、殺気だった(やいばの唸りに気づいて躰をよじり、腕当てで顔をかばって刃を受け止めた。
 ギリリ、と金属が擦れ合う耳障りな音。
 トモヤに向けて刃を振り下ろしていたのは、先程からこの部屋に存在していた武人の人形(ドールだった。
「俺の剣を受け止めるとは、なかなかやるねえ?」
 武人の人形が間合いを取った隙に、トモヤはほとんど条件反射で剣を抜いて構えていた。
 けれど思考は混乱していた。
「な、んで……、人形(ドールが勝手に動いて……!?」
 すると武人の人形は、片眉を上げて美しい容貌を顰めてみせた。
「勝手に、じゃねぇよ。お前が俺の(あるじを起こしたからだ」
 じり、と武人の人形が摺り足で横へ移動しながら、トモヤへ飛び込むタイミングをはかっている。
 それは一瞬の隙さえ見逃してはくれない、ピリピリとした緊張感をトモヤにもたらしていた。こめかみから冷たい汗が伝い落ちる。

 ――強い。隙がない。

 トモヤはそれなりに剣の腕には自信があったが、目の前の武人の人形とは、対峙しているだけで自分に勝算がないことを感じ取ってしまうくらいに実力の差があった。
 掌に汗がにじんで剣を握る力が鈍りそうになり、ギュッと握り直す。
 その時だった。

「やめぇ、タツヤ」

 凜と空気を揺らす、鈴の音を思わせる声だった。
 それが鼓膜を震わせた瞬間、武人の人形はピタリと静止した。――油の切れたブリキ人形のように。
 トモヤは、声の聞こえた方を振り返った。
 先程まであったはずの壁がボロボロに崩れていて、その人はちょうど椅子から立ち上がったばかり、という姿勢で立っている。
 艶やかな赤銅色の髪はふわりと柔らかく輪郭を覆い、襟足だけ少し長い。瞳は透き通る琥珀色で、貴石がそのまま嵌め込まれているかの美しさだった。
 彼は静かに武人の人形へ歩み寄り、その手から剣を抜き取って鞘に仕舞う。
 それを見届けてどっと安堵に襲われたトモヤは、思わずその場にへたり込んでしまった。
 赤銅色の髪の人は、武人の人形よりも数センチほど背が高かった。少しだけ上体を屈め、彼は凝った人形に頬ずりをする。
「動いてええよ、タツヤ」
 ぴくり、と指先がわずかに動き、タツヤと呼ばれた武人の人形の眼が瞬く。
 その瞬間、タツヤは、彼の主なのであろう赤銅色の髪の人を背にかばって、座り込んだままのトモヤを上から睨みつけた。
「お前、何の目的があって此処に来た? シゲを眠りから醒まして何がしたいんだ。何を企んでいる?」
 タツヤの視線も声も、先程トモヤを斬りつけられなかった剣の代わりとでもいうように尖った攻撃をしかけてくる。けれどトモヤはめげずに言い返す。
「お、俺はただ、冒険者として各地を巡ってるだけでっ! 企んでるとかそんなの、何も……っ」
 すると、赤銅色の髪の人がタツヤの肩に手を置き、「タツヤ、僕が話すから」と言った。
 タツヤは明らかに納得していないという表情ながら、しぶしぶ後ろに下がる。しかし右手をこれ見よがしに剣の柄にかけてトモヤを威嚇していた。
 赤銅色の髪の人は、座り込んでいるトモヤの視線に合わせてしゃがむ。トモヤはその左耳に、深紅の薔薇をかたどったピアスを見つけた。
「僕の名前はシゲル。君は? 名前、教えてくれる?」
 近くで見れば見るほど、彼――シゲルの瞳は際立って美しかった。淡い輝きは派手ではないのに、何故か心を惹きつけられて、トモヤはついうっとりと見惚れてしまう。
「トモヤ……です」
「トモヤ……、トモヤは、此処がどんなところかわかってる?」
「どんなところって……カロル大陸のどっか、でしょ? 俺、迷っちゃったみたいで、正確な国名はわからないんですけど」
 シゲルはトモヤの答えを聞いて虚を突かれた表情をし、次に困ったような微笑を浮かべた。
 そして静かに問う。
「トモヤは、〈(とき)の狭間〉って聞いたことあるかな?」
 トモヤは、どうしてそんなことを訊かれるのかと不可解な表情をしながらも、自分の知っている知識を引っ張り出してくる。
「えっと、確か、お伽話に出て来る……〈刻の番人〉がいて、その人は時間を自由に操ることができて……其処に迷い込んだら、一生戻ることができない……」
 シゲルはそれを聞いて、更に唇をゆっくりと持ち上げた。

「うん、だいたい合うてるよ。――此処がその〈刻の狭間〉。トモヤ、君は〈刻の狭間〉の迷い人や……」
   




2010.07.19

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