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~息づいてスロー・テンポ A- ![]() ![]() 人気のない冬の廊下は足元から凍えるようだ。 今日の放課後は、所属するサッカー部の練習が休みだった。どうやって放課後の時間を潰そうかと思っていたら、担任教師からクラス委員の仕事を言い付かったのでちょうど良かった。 その仕事を終えた俺は、智くんのいる美術室に向かっているのだった。 智くんは美術部に籍を置いてはいるが、普段は活動に出ていないことが多い。しかし、智くんの美術の才能を認めてくれている美術部の顧問教師が選んだ幾つかのコンクールには、必ず作品を出品するようにという条件をつけていた。 今はちょうど作品製作中なので、智くんはほぼ毎日、放課後には美術室に通っている。 校舎の端に位置する美術室のドアをノックしてから、静かに引き開ける。 「失礼します」 すると、ドアのすぐ横に置かれたパイプ椅子に座っていた美術部の顧問教師が振り向いた。 「あぁ、櫻井。今日は大野、調子がいいようでな。没頭してるから、もうしばらくかかるかもしれんぞ」 室内に、智くんと顧問教師以外の姿はないようだった。 「わかりました。此処で待たせてもらいます」 「じゃあ、鍵の管理も頼む」 「はい」 俺に鍵を預けた顧問教師は、手元に広げていたファイルを閉じるとそそくさと美術室を後にした。 もう正規の部活動時間は過ぎている。それにも関わらず顧問教師が美術室に残っていたのは、ただ熱心だからというわけではなく、智くんを独りにしてしまうと時間を忘れて描き続けてしまうことがあるからだった。 今年、俺が高校に入学して、こうして智くんを迎えにくるようになったのでありがたいと直接言われたことがあるくらいだ。 俺は空いた座席に座って、イーゼルに向かっている智くんの丸まった背中を見つめた。 いつも眠たそうな眼をして何事にも執着しない智くんが、絵に向かい合ったときだけは真剣な眼の色に変わる。 それが、俺にとっては嬉しくもあり、歯痒くもある。 けれどやっぱり、自分の世界の扉をぴったりと閉鎖して絵に没頭する智くんに、俺は安堵の気持ちを抱くのだ。 ――特別な理由付けをしなくとも、智くんの世話を焼くという名目で、彼の傍にいられるから。 そのとき、カターン、と何かが床に落ちる高い音が響いた。 智くんが筆か何かを取り落としたようだった。 「あ……」 もぞ、と動いて床に転がったものを拾った智くんは、そこでやっと俺の気配に気付いてくれた。 「あれ……翔くん、来てたんだ」 「うん、少し前にね。……智くん、どうする? もう少し描く?」 「ん〜……?」 智くんは夕闇広がる窓の外を見、壁の時計を見、ふるふると首を横に振る。 「やめとく。……片付けるから、待っててね、翔くん」 智くんが作品や道具を片付けている間に、俺は電気ストーブを切り、窓の戸締りの確認をした。そして彼がコートを着てマフラーを巻くのを待って一緒に美術室を出、職員室に寄って鍵を返してから学校を後にした。 風の冷たさに身をすくめながら、二人並んで歩く。 「あ」 「どうしたの? 智くん」 「見て見て、翔くん。息、白い」 はーっと智くんが息を吐いてみせると、それは白い靄となって空気中に現れた。 「本当だ」 「おもしれぇ。……何か、好き。こういうの」 小学生のこどもみたいに、やたらと息を吐いては面白がる智くん。 俺も一緒になってはーっと吐いたら、ますます上機嫌に笑い声を上げる。 「雪とか降るかもねぇ」 そう言いながら見上げた空は灰色の雲で覆われていて、俺の発言は現実味がありそうだった。 ――と、俺の視界をひらり、と何か白いものが舞い落ちていった気がした。 気のせいかな、と思いながら歩いていると、今度は「あっ!」と智くんが声を上げた。 「雪! ホントに降ってきた!」 智くんが立ち止まったのに合わせて足を止める。 眼を凝らさなければ見逃してしまいそうな、すぐに止んでしまいそうな、泡雪。風に吹かれて、ひらひら、くるくる、と空中を舞う。 「すげぇ〜。翔くんの言ったこと、当たったねぇ」 「たまたまね。……智くん、あんまり上ばっかり見てたら危ないよ」 「ん〜」 雪に見惚れる智くんの足取りはいつもにましてゆっくりで、ふらふらと危なっかしくなっている。 智くんの冷たい手を手袋をした俺の手で握り、彼の歩調に合わせて歩く。 家に帰り着くまで、雪が止まなければいいなと思った。 -------------------------------------------- ふたりの穏やかな空気が好き。 2011.01.10 お題提供:brooch | |
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