あなたの傍でだけ甘く


 しげがカメラの前でレモンの木のトゲを切ったり実を収穫してコメントしたりしている間に、俺はレモン林の奥へ入っていった。
 今が一番実がない時期だと言われた木々の様子は淋しげだけれど、案外まるまると大きなレモンの実は隠れて生っている。大きな葉をめくって果実を見つけると、宝物を発見したようで心が躍る。
 見つけては鋏でパチンと切って、ツナギの両ポケットに入れていく。それが楽しくてついついたくさん獲ってしまった。

 屈んでいた上体を起こして、撮影の状況がどうなっているかうかがう。
 カメラは構えられたままだが、撮影は一時停止しているらしい。しげはきょろきょろと周囲を見回して何かを捜している様子だ。

 ――あぁ、そっか、俺を捜してるのか。

 答えは欠片も疑いようなく閃いた。
 俺はポケットの中からひとつレモンを掴み出して、そのまましげの方へ歩いていく。

「しげ!」

 俺の声を聞いて、彷徨っていた視線がこちらへ向いた。
 捜しものを捉えたしげの眼はやんわりと細められ、静かな笑みが表情に浮かぶ。

 それは俺が最もよく知る、ただの城島茂の素直な笑みだ。

 本当は人一倍プライドが高くてカッコつけの癖に、テレビカメラの前では“三枚目の情けないリーダー・城島茂”になりきることを厭わない。
 けれど、長時間だん吉の中でメンバーと二人きりになることが多く、気の置けないスタッフが最低限の人数で撮影するこの企画では、否が応でも素の表情がカメラに収められることになる。
 そのうち、しげは自然と、こうしてカメラが前にあってもナチュラルな表情を垣間見せることが多くなった。

 そうすると、やっぱり俺も引きずられてしまうわけで……。

「でかいの獲れた!」

 しげと二人きりだと出てしまう俺の弟気質のせいで、張り上げた声の響きが幾分子供っぽくなってしまった。

 俺はレモンを持った右手を掲げてみせながら、しげの傍に寄る。
 ポケットにたくさんのレモンが入っているから、俺のツナギは太腿のあたりが不自然にでこぼこしていた。
 しげのことだ、たぶんすぐに気づくだろう……。

「……ちょっと待って。ちょぉ待ってぇな、これ獲りすぎちゃうの、じぶん」
「なに?」

 ちっ、やっぱり騙せなかったか。

 俺は、でこぼこの正体を突き止めようと伸ばされたしげの手をぺちっと叩いた。
 だけどしげは諦めず触ろうとしてくるので、彼の手の甲を無造作に払いのける。

「触んな、触んなっ」
「そっち入れすぎや! さも一個だけみたいに見えて!」

 批難しながらも、しげの声には俺のくだらない悪戯に笑い出してしまいそうな響きが混じっていた。

 グループの最年長、だいたい客観的な視線で自分たちを見つめていて、悪ノリしがちな俺たちの最後のストッパーであるべき人なんだけど。
 本当はしげが、一番悪戯好きなのだ。
 しかもそれを本気でやってくるから、誰よりも始末に負えなかったりする。(俺自身、過去に被害を受けているし)

「ご自由にどうぞって書いてあったもんね」

 ああ、また、声が幼くなってる。
 だけどまあいいかと開き直った。

 俺はこれからもずっとしげの隣で、彼と対等に歩きたいと願っているし、しげもそれを認めてくれている。
 けれど、しげにはきっと一生追いつけないという気持ちがあるのも確かだ。

 だから……ねえ?
 あなたの前でだけは、こんな俺でもいいでしょ?

 ツナギのポケットから次々とレモンを取り出してみせ、うっすら涙を浮かべてけらけら笑うしげと一緒に、俺も笑った。
   

2010.07.18



TOP