君には見えるもの


 目の前に開けた北の海。
 助手席に座る男からこぼれた無邪気な歓声。

「すっげーキレーっすよ、見て見てリーダー」

 長瀬にとっては、今日のロケがソーラーカー初乗車。
 眼に入るものすべてが新鮮なのだろう、いつもよりもはしゃいでいるように見える。

 あっという間に追い抜かされた背丈。
 グループ最年少ながらフロントマンを務め、逞しさを感じさせるようになってきた背中。

 だけど今隣で、ちょっと窮屈そうに背中を丸めて車内に収まり、眼を子どもみたいにキラキラさせた長瀬の笑顔は、僕が覚えている初めて出会った頃の長瀬と全然変わりがなかった。

 大口を開けて笑う長瀬の笑みには、思わずつられてしまう。

「うん、ほんま綺麗やなぁ」

 僕が同調すると、長瀬は満足気ににかっと笑い返した。


 開け放たれた窓から、潮の香りを含む涼しい風が吹き込んでくる。
 海沿いの道に、僕たちの乗るだん吉と、その後ろを走るロケ車の他に自動車の影はない。

 僕は運転手としてしっかり前方に注意を払いつつ、ときどき長瀬の横顔に視線をやった。

 はたはたと海風になびく髪からのぞく眼差し、鼻梁、輪郭。
 少し幼さが残ってはいるが、いつの間にか精悍さの方が勝るようになっている。

 24歳。

 僕より8つ年下なのだから、幼さを感じるのは当たり前なのかもしれないが。

 ……あれは長瀬が23歳になって間もない頃だったろうか、不意に長瀬がこんなことを言ったことがあった。


「リーダー、俺、やっとリーダーがデビューした歳になれたんスね」


 そのとき何と返答したのかなんて、もう忘れてしまったけれど。

 僕にとって長瀬との8年の差が大きいのと同じように、長瀬にとっても、僕との8年の差は大きいのだろうと、今ふと思い出して改めて感じた。


 誰かと比較をすることなんて馬鹿らしいことだと、常々思っている。
 けれど、世間一般の24歳の青年たちや、同じ事務所に所属する、長瀬と同年代の後輩たちを見て、ふと考えてしまうことがある。

 僕は、長瀬に――――重すぎるものを背負わせたのではないか、と。


「リーダー、リーダー!」


 よく通る声が自分を呼んでいるのに気付いて、僕ははたと瞬きをし、長瀬の方へ眼を動かす。

「北海道まであとどれくらいっスかね?」

「うーん……今日中には、無理やろなぁ。でも、あと2、3回乗ったら行けるんちゃうかな」

「そっすかー」

 北海道見えたりしてー、などと言いながら、長瀬が運転席の方へ少し寄りかかって窓の外の景色を見やる。

 ――と、いきなり長瀬がぐっと身を乗り出すようにした。

「ちょっと待って、北海道見えないっ!?」

「うそぉ?」

 僕も思わず、長瀬の示した方向へ眼を細めて凝らしてみる。
 穏やかな晴天で見晴らしはよいはずだが、僕の視界にそれらしき影はなさそうだった。

「や、見えへ……見えるかぁ?」

 見えへん、と言いかけたが、自分の視力の悪さの所為かもしれないと言い直す。

「俺だけかな……?」

 長瀬の声のトーンが、自信なさげに小さくなる。

 でも僕はこう応じた。


「もう長瀬には見えてるわけやな?」


 真実、見えているのか見えていないのかなんてわからないけれど。

 長瀬が「見えている」というのなら、それでいいと思った。


 彼はTOKIOのフロントマンなのだから。

   

2010.06.01



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