背 の び



「長瀬、ちょっと」
 TOKIO5人が揃うトーク番組の収録が終わって楽屋へ戻る途中、不意に太一が長瀬を手招きした。
「なに、太一くん」
 歩みを止めて、後ろを歩いていた太一を待った長瀬は、続けて「耳、貸せ」と言われて少し膝を曲げる。
 耳打ちの内容を聞いて、にぱっと長瀬の顔に笑みが上った。
「わかりましたっ! ちょっとね、俺もやってみたいなって思ってたんです!」
「よし、その心意気だ。山口くんの冷たい視線に晒されても怯むなよ?」
「う゛……ハ、ハイ……」
 太一と長瀬はドアの前で気合を入れなおしてから、楽屋に入った。
 城島は着替えようとしてか、ちょうど立ち上がっている状態だ。太一と長瀬は目配せをした。
「リーダー、リーダー」
「ん、何や、長瀬」
 振り返った城島に、長瀬が両手を大きく広げてがばーっと抱きついてくる。
「ハグー!!」
「うわ、わっ」
 大型犬に突進されてよろけた城島は、思わずぎゅうっと長瀬の背中にしがみつくことになってしまった。
「こら長瀬、相手はおじーちゃんなんだから力加減しろよ!」
 すかさず松岡のつっこみが入ったが、その口はきゅっとひん曲がって、内心羨ましくて仕方ないらしいのが丸わかりだった。
 山口は、太一が心配していた冷たい視線は今のところ見られず、穏やかに最年長と最年少の戯れを眺めている。
「あれっ?」
 ふと下方に眼をやった長瀬が訝しげな表情を浮かべる。
「リーダー、俺とのハグじゃ背のびしてくれないんスか?」
「え?」
 きょとんと長瀬を見上げた城島は、長瀬の言葉の意味を理解して「ああ!」と納得の声を上げた。
「何や、さっきと同じようにやってほしかったんか?」
 今回迎えたトークゲストと城島がハグを実演するくだりがあり、城島はそこで思わず背のびをしてハグを受けたのである。太一と長瀬の目的は、ハグというよりもそれに付随する“城島の背のび”なのだった。
「それやったら、もっと自然にゆっくり来てくれんと。長瀬が勢いよく来るもんやから、びっくりして背のびなんてしてられへんかったんよ」
「そっか〜、じゃあもう1回! ゆっくり行きますから、リーダー背のびしてくださいねっ」
 再び距離を取った二人は、今度はお互いに歩み寄っていく。
「リーダー!」
「長瀬〜!」
 長瀬の両腕が城島の背中に回る。城島もつま先立ちになって、ぽんぽんとやさしく長瀬の背中を叩いた。
「こんな感じでどうや?」
「ハイ、ばっちりっス! ね、太一くん!」
「オッケー、バッチリ」
 そう答えた太一を、城島は不思議そうに見る。
「……太一もハグしたいんか?」
「違うよ、俺はリーダーがハグで背のびしたのがちょっとツボだったの。でも俺はリーダーより背低いだろ、だから長瀬に頼んだんだよ」
「太一くん、かわいいって言ってたもんね」
 珍しいよね〜太一くんがそんなこと言うの、なんて続ける松岡に対し、山口がゆったりと口を開く。
「お前もできるんだからやってもらえば? 松岡」
「えッ……お、俺は……」
 途端、うろたえる松岡。
 嫌だと即答しないことがすなわち、彼の答えである。
 けれど、松岡の素直じゃない性格を熟知しながらも手助けしてくれるような心優しいメンバーは、残念なことに存在していなかった。
 城島は自分から執着するもの以外には来る者拒まず去る者追わず、の態度なので、今も松岡を上目遣いに見つめて「松岡はどうするん? 僕はどっちでも構へんけど」とでも言うような表情である。
「〜〜〜〜ッッ、お、俺もやっていい、リーダー!」
「おぉ、えぇよ〜」
 にっこり応じる城島が、松岡から向けられるある意味異常なくらいの好意に果たして本当に気づいていないのかと、3人は思わず感じてしまうのだったが。
 背のびした城島をしっかりハグした松岡はこの上なく幸せそうだったので何も言わずにおいた。
 城島と松岡がハグを終えると、太一は自分の斜め後ろにあぐらをかいて座る山口をさりげなく振り返る。
 松岡にけしかけたあたりから、太一は何となく、山口の発する不穏な空気を感じ始めていた。
 しかし、体型は一番がっちりしていても山口の身長は太一と同じくらい――つまり城島よりも低い。いくら城島の相棒を自認し、何でも器用にこなす彼でも、身長の差を埋めることはできない。
 けれど何かが起こりそうなのが、この二人の関係なのである。
 そこへ、ドアがノックされて山口付きのマネージャーが顔を覗かせた。山口は次の仕事が入っていて、これから移動になると言う。
 マネージャーが出て行くと、鞄を手にした山口が立ち上がる――が。
「しげ」
 極上の甘い声で、無二の相棒の名を呼んだ。
 どうやらただで出ていくことはしないらしい。黙って手招きをする山口に城島は苦笑する。
「何ぃな、達也までハグしたいとか言うん?」
「いいから、来て」
 しゃあない奴っちゃ、と言いたげな顔で、でもどこかくすぐったそうに城島は山口へと歩み寄る。
 約1人分の間をあけて立ち止まった城島に、山口はこう言った。
「ちょっと頭下げて」
「ん……こう、か?」
 軽く頭を垂れた城島の頭。ふわふわと柔らかそうにセットされた髪。
 それを掻き寄せるかのように右腕で抱き込んで、山口は自分の肩口に引き寄せたのだ。
 そして余った左手で、城島の背中を抱く。
「じゃあねしげ、お疲れ。明後日に海岸でね」
「ん、お疲れ達也」
 数度城島の背中を叩くと山口はあっさりと彼を解放し、あんぐりと口を開けていることにも気づかない3人にも爽やかに挨拶をしてドアの向こうに消えた。
 城島はまるでそれが日常茶飯事であるかのように、ゆるい微笑みで山口を見送る。そしてのそりと鏡の前に座って、乱れた髪形を指先でいじりはじめた。
「うわぁ……何か、スゲー……」
「もうつっこむ気すら起きないよ……まったく何なのあの二人……」
「敵わねぇ……」
 頭を突き合わせた3人は城島に隠れて、盛大なため息を吐いたのだった。
 


2010.08.07

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