何度だって刻みつける誓約




 俺たちの部隊が更に前線へと進むことになった。
 ベースキャンプも移動しなければならないため、今回の進軍は露払い役と荷物運び役の二隊に分かれることとなった。
 まぁわかっちゃいたことだが、俺は前者でシゲは後者である。
 シゲだってきちんと鍛錬を積んだ軍人であり、並以上には剣を扱えることを俺はもちろん知っている。シゲが後方に配置されることが多いのは医療技術を持っているから、というのが主な要因なのだけれど、それ以上に、俺自身がシゲに剣を振るってほしくないから、その分け方に文句はない。

 俺みたいに、人を屠るしか脳がないんじゃない。
 シゲは人を生かす力を持っているのだから――だから、無駄に命を奪わせたくはなかった。

 そんな俺の感情には気づいていないようだが、俺がシゲを前線に出させないよう小細工をしていることには感づいているようである。(本当に変なところで勘がいいんだ、シゲは)
 けれども、自ら「前衛を務めたい」と誰かに言い出せるほどシゲは自分の剣の腕前に自信を持っていないので、現在はとりあえず何も言わずにいるようだった。

 未だ夜明けの光が山の向こうに留まっている時刻。
 最低限の野営テントのみが残るがらんとした平地に、露払いの一隊に属する軍人たちが身なりを整えて集まりはじめる。
 朝食の炊き出しは後方部隊の役割だが、シゲの姿はない。彼はいつもぎりぎりの時間まで、軍人たちに持たせる薬をひとつでも多く作るために自分のテントに籠っているのである。
 俺は朝食を立ったまま胃の中に流し込み、そのままシゲのテントへ向かった。
「シゲ、入るぞ」
 断ってから、入り口に垂らしてある布をめくる。
 途端、いったい何種類の薬草が交じり合っているのかという臭いが嗅覚を攻撃してきた。
「毎回思うけど……あなたよくこんな臭いの充満したテントの中に、数時間も籠ってられるね……?」
「そりゃあ、これが僕の仕事のひとつやからなぁ」
 鼻をつまみながら喋る俺に、シゲは平然と答えてくる。
「僕が後方に配置される言うことは、僕に期待されてんのは“医療技術”やろ。やったらその務めは果たさんとなぁ?」
 ……ちょっと棘のあるような物言いだなぁ。遠まわしな俺への嫌味?
 まぁそんなことされたって、俺の眼が黒いうちは、シゲを前になんて出してやらねぇけどな。
 シゲは一揃いの薬を皮袋に詰め、「これくらいかな……」と呟く。俺はすかさず身を乗り出し、シゲの目元に浮かぶ隈を親指でなぞった。
「それくらいにしときな、すっげー濃い隈できてるから。あなた、そんな状態で荷物運べんの?」
「タツヤはいつもそう言うけど、ちゃんと毎回運べてるやろが。そんな非力ちゃうわ」
 タツヤって意外に心配性やんな〜などとシゲが言っているけれど、お生憎様、俺はあなただけに心配性なんだよ。
 本来俺は、同期や後輩、先輩にまでも『血も涙もない戦の鬼神』なんて呼ばれてる存在だってのに……そんなんが心配性だなんて、笑い話にもならねぇよ。
 そのとき、カーン、カーン……と、集合を知らせる鐘が高らかに鳴り出した。
「これ、タツヤの分やから。ちゃんと鞄の中入れといてや」
 と、先程まで詰めていたものの二倍はありそうな、薬類の入った皮袋をデン! と渡される。
 一度「こんなに要らねぇよ」と反論したら、「タツヤは他の誰よりも怪我多いやろ、小さいのがほとんどやけど。だから説得力ない」とピシャリ跳ね返され、「僕の相棒やってる役得やと思て、黙って受け取っときぃ」と無理矢理鞄に詰め込まれた。
 それ以来、断らずにちゃんと鞄に詰めている。シゲが俺を心配してくれての行動だということはわかっているから。
「……タツヤ」
 立ち上がった俺を、シゲが呼び止めた。
 ゆっくりと立ち上がり、シゲは俺の右手を両の手でぎゅっと握った。
「――生きて還ってきぃや……独りで先死ぬのは、赦さへんからな」
 真剣な色を湛えたシゲの瞳を一心に見つめながら、俺は唇を引き上げる。
「わかってるよ」
 ぽんぽんとシゲの肩を軽く叩くと、俺は踵を返してテントを出、まっすぐ小隊の集合場所へ足を向けた。

 振り返ることはしない。
 ――すぐにまた逢えるのだから。

 俺はくっと喉の奥で笑った。

「生きて還って来いなんて……いつもあなたは難しい命令をしてくるよね」

 けれど必ず守ってみせる。
 シゲが、俺がシゲより先に出立するたび、何度も繰り返し言ってることだから。
 俺だって、あなたを置いて独りで死にたくはないからね。

 何度だって言えばいい。
 俺はその度に、あなたとの誓約を躰に刻み続けていく。


 2011.01.10


 お題提供:王さまとヤクザのワルツ
「生きてかえってこいなんていつもあなたは難しい命令をしてくる」



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