夢をのせて




 風が止んだ。
 カウントダウンが始まる。

「5、4、3……」

 俺の眼に映っているのは、シゲコプターの装置の真ん中にいる、しげの後ろ姿だけ。

(しげ、頑張れ。シゲコプター、頑張れ)

 今の俺が出来ることは、ただ心の中で声援を送ることだけ。

 やれることはすべてやった。
 改良を重ね、揚力を上げることに成功し、計算上はしげを浮かせられるところまで漕ぎつけた。
 けれどやはり、その先が難しかった。
 浮き上がることはできても、重心の高いシゲコプターは横風に弱く、とても“空を自由に飛べる”ところまでは到達できなかったのだ。
 それでも――。
 シゲコプターの生み出す揚力だけで、しげの躰を浮き上がらせることができたらいい。
 壮大な目標はなくなっても、俺たちは全力でぶつかるだけだ。

「2、1……」

 大の大人が馬鹿みたいなことをして。
 叶いもしない夢みたいなことを言って。
 ……そう思う人もいるだろう。
 それでも構わない。
 俺たちは、そんな馬鹿みたいなことを胸張ってやり続けて此処まで来たんだから。
 叶わない夢だなんて、誰が決めつけるんだ?
 何もせずに言ってるだけなら簡単だろう。やってみなくちゃわからない。

 カウントダウン前。
 シゲコプターを安全装置に連結し終えた俺は、準備を整えて待っているしげの肩を叩いて、右手の親指を立てて突き出してみせた。
「OK」
 しげは深く肯き、右手で俺と同じ仕草をしてみせたが、その表情はかなり固かった。
 こんなに素で緊張しているしげを見ることは、久しく無かった。
「頼むぞー」
 そう言ってしげの背中を励ますように叩いたけれど、その声は、シゲコプターに向けたものだった。

 ――しげの夢を叶えるために、俺たちが作ったんだ。頼むぞ、シゲコプター。


「スタート!」


 しげがシゲコプターのスイッチを入れた。
 唸りを上げてプロペラが回転をはじめる。
 吹きつけてくる風を盾で防ぎながら、俺はじっとしげの足元を見つめていた。
 まずしげの両足がふわりと地面から離れ――シゲコプターを支えていた三脚もはっきりと浮き上がった。
「おーっ、浮いた! 頑張れ、頑張れ!」
 俺は思いのままに声を上げた。
 しげは安全装置の中で、何とかバランスが取れているようだった。
 プロペラの回転がゆっくりになりはじめ、しげの足が再び地面に戻ってくるまでが正確に何秒間だったのかなんて、とても把握していられる状況ではなく。
 しげの足が完全に地に着き、「おーっ!!」という感極まった雄叫びを上げるなり、俺は立ち上がって盾を放り投げていた。

「飛んだぞーっ!!」

 地面から数十センチ。
 だけど確実に、シゲコプターだけの力で、しげの躰が宙に浮いたのだ。

「よっしゃあ、飛んだ飛んだ!!」
「やったぁぁ!!」

 両拳を空へ突き上げたしげが、くるりと後ろを振り返り、走り寄ろうとしている俺と眼が合った。
 俺もしげも、両方が駆け寄って。
 俺が右手を伸ばすと、しげも同じようにして俺の背中に腕を回す。
 がっちりときつく抱擁し、お互いの背を何度も叩き合った。


 ――あなたが抱いた夢は、俺の夢でもある。


 ねえしげ、俺は自然とそう思えるんだ。
 反対に、俺が何か夢を抱いたら、きっとしげも同じように思ってくれる。
 確かめることなんてしないけど、そうに違いないと俺は信じてる。

 俺はあなたに――そしてあなたの夢に、一生寄り添っていくから。


「またちょっといい夢見させてくれよ。頼むぜ?」


 その素直な涙をぬぐったら、

 空へ向かって、また共に走り出そう。

2010.11.24



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