楽屋のドアを開けると、ちょうど到着したばかりなのか鞄をソファの端に置こうとしている城島の姿があった。 「おはよ、しげ」 「おはよぉ達也」 山口は城島が鞄を置いたソファの向かい側に腰を下ろす。 「お茶淹れるけど飲むか?」 「あ、うん。ありがと」 楽屋に備え付けられている急須で2人分の茶を淹れ、城島は自分の置いた鞄の隣に落ち着いた。 「あ、そうや……。達也、こないだ聴いてもろた曲なんやけど」 ずず、と茶をすすっていた山口は、慌てて湯呑みを置いてやや身を乗り出す。 「あれ、歌詞ついたの?」 先日――村ロケの行きだったか帰りだったか――城島から「ちょっと聴いてみてくれへん?」と、デジタル化著しいこのご時勢にほとんど見かけなくなったカセットプレイヤーを渡されて聴いた、城島が作曲した曲。 そのときは一部の歌詞しかついていなかったが、「達也に歌ってほしいなぁと思ってるんやけど……どうやろ」と問われたのに一も二もなく肯いた。 城島らしくシンプルなコード進行で、ミディアム・テンポのメロディ。サビ部分に乗っていた歌詞には、前向きに未来を見据えるような言葉が並んでいた。 「うん……一応メロディに乗せてみたから、聴いてみてほしいねん」 城島は鞄の中から使い込まれたカセットプレイヤーを取り出して、山口に渡す。 「歌詞はほぼ決まりなんやけど……気になるとこあったら言うてな」 「うん、わかった」 さて、未完成だったあの歌詞が、どう鮮やかに料理されていることやら。 ガチャリ、と再生ボタンを押すと、ジーというカセットテープの回る音が聞こえてくる。 イヤフォンをつけた山口に、城島は「これ、歌詞」とプリントアウトされたA4用紙を差し出した。 山口がそれに眼を落とすと同時に、ギターの音色が耳に届く。 紙の上に並んだ言葉たち。 城島の声で、山口の体に沁み込んでくるそれらは―― 山口の指が、カセットプレイヤーの停止ボタンを押した。そして、イヤフォンを外すために耳へ手が伸びる。 「どうやろ?」 いつもなら聴き終えてすぐ「いいじゃん!」とか「カッコイイよ、好きだな俺」とかまっすぐな感想を述べてくれる山口なのに、今は少し難しい顔をしている。 城島としては、彼が首を縦に振らなければ、この曲はお蔵入りさせるつもりだった。 山口に歌ってほしい、と言うよりは――彼にしか、歌ってほしくない歌詞だったから。 「しげ……これは、俺1人じゃ歌えないよ」 城島をしっかと捉えた山口の眼が、ゆっくり笑みに細められる。 「あなたと2人でしか、この歌詞は歌えない」 その台詞で城島は、歌詞に込めた想いが正しく山口に伝わっていることを確信した。 「……そぉ、か」 やや掠れた声で呟けば、山口は深く肯く。 「そうだよ。だからしげ、歌ってくれるでしょ?」 それは城島に有無を言わせぬ言い方だったけれど――決して悪い気持ちはしなかった。 肯くと、山口はにっこりと嬉しそうに笑った。 ――誓い。 それは、2人が歩んできた道程。 | |
2010.09.21 |
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