+ 情 感[プラス・イクスプレッション]


 本日の仕事であるロケが終了して車に乗り込むなり、山口は鞄の中から音楽プレイヤーを取り出して耳にイヤフォンをはめはじめた。
 そういえば行きの車内でもずっと何かを聴いていたなあ、と城島は思い起こす。
 ライヴが近づいてきているこの時期だから何も不思議はないのだけれど。
 山口の隣の座席に座り、やはり自分達の曲を聴いているのだろうかと思いながら片膝を上げて音に浸っている彼を見ていると、閉じられていた眼がふと開いた。
「……なに?」
 城島の座る左側のイヤフォンを軽く外して、山口が訊ねた。
「ん……何聴いてんのやろ、と思って」
 眼を細めて唇の端を持ち上げた山口は、外したイヤフォンを城島の耳元に近づける。
 漏れ聞こえてくる音は、先日からずっと、頭の一隅から離れずにいるメロディだ。
「俺、明日歌入れなんだよ。しげはもう終わってるよな……明日、仕事?」
「ライヴの練習する予定やけど……」
 城島の答えに、山口はぱっと表情を明るくした。
「そんだけ?」
「ん、そう」
 それは山口にとって、降って湧いた朗報だった。
 ここ数日、繰り返し繰り返し聴いているメロディー。それに乗る城島の歌詞は既に頭に入っている。
 さりげなくも強いメッセージ性を込めた歌だ。
 城島の書いた詞と旋律を、TOKIO5人でアレンジした。
 これまで歌い、演奏してきたすべての楽曲を大切に思っている。だけど、この歌への思い入れは一入(ひとしおだった。
 ――だから。
「明日さ……俺の歌入れに付き合ってくれる気、ない?」
 城島は、はたはたと瞬きをして山口の眼を見つめる。
「それはえぇけど……。達也がそんなん言うん、珍しいな」
 山口は特に、城島によって創られた詞やメロディを理解し表現することに対して自信を持っているのだ。
 それは長い付き合いの賜物、山口が城島の癖を熟知しているということだ。実際、ベースのレコーディングの時は「しげの創った曲はやりやすくていいよ」なんて、上機嫌で終えた様子だった。
 ちょうどライヴの打ち合わせ等も多い時期で、比較的メンバーが揃いやすい環境が整っているからこその希望なのかもしれないが。個人の仕事を中心に回っている時などは、そんな贅沢なことを言っていられないことが多い。
「まあね」
 ちらりと眼の奥に真摯な色を覗かせて、山口が微笑む。

「大切で、すげぇ気に入ってる曲だからさ。――間違えたくないんだ」

 城島の紡いだ言葉、ひとつひとつ。
 メロディの運び。音に乗せられた単語の響き。
 ――すべてに込められた意味の、細部まで。

「……達也には任せてるし、あんま言うことないんやけど」
 城島はどこかくすぐったそうに笑う。
「うん、まぁ、細かいニュアンスとか見てくれたら……」
 山口は、その後に続けそうになった言葉をすんでのところで呑み込んだ。
 さすがに小っ恥ずかしすぎると思ったのだ。
 その場に付き添っていてくれるだけで、安心するから――なんて。


   


「じゃ、しげ。行ってくる」
「行ってらっしゃ〜い」
 冗談交じりのやりとりをして、山口はレコーディングブースへ入っていった。
 城島はスタッフ達と共に、山口のレコーディングを見守る。
 山口の歌唱力は確かなものだが、今回は珍しく苦戦していた。
 確かに今回の曲は、これまで城島が創ってきた曲と比べてもメロディーラインに特徴がある。山口の担当するソロパートは特に、タイトルも含んだ印象に残るフレーズである。
 何度かテイクを録り、聴かせてもらうが納得がいかない。聴き終えて再び、山口は「もう1回下さい」と言った。
 ふと視線を動かして城島の姿を捉える。眼が合って、城島が少し唇を緩めたのがわかった。
 そのとき、すとんと頭の中で繋がった。

 『PLUS』というタイトル。フレーズの歌い出し。
 加える、ということ。
 城島の作った詞と旋律に、己の情感を。

 長瀬の声が耳に流れている。
 己が刻んだベースライン。根底を為すアコースティック・ギター。ドラムのビート。重なる和音。
 エレキギターの唸りと共に声を出す。
 一音一音、大切に、丁寧に。想いが零れてしまわないように包み込んで。

 録り終えたテイクにオーケーを出すと、山口は城島と硝子を挟んで笑顔を交わした。


   


「ありがとう、しげ。お陰で無事、歌入れできたよ」
「僕は何もしてへんけどな……」
「いーのいーの。これから練習行くの?」
「うん」
「俺も行っていい?」
「……今日は珍しいことばっかりや」
「ん〜? 何か言った、しげ?」
「何もないよ。ほな、行こか」

2010.02.12



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