a pair of pierces



 古着屋の片隅に設置されているアクセサリーの陳列台の前に、二人の青年の姿があった。
 顔を寄せ合って、真剣な眼で品定めをしている。
「ねぇ、茂くんはどれがいいの?」
「今考えてるとこや……。山口、先にいくつか選びぃや。僕はその中から選ぶのでえぇし」
「え、でも、二人で買うんだからさあ」
「とりあえず、や。他にえぇのがあったら僕も選ぶから」
 わかった、と返事をした山口は、陳列されているピアスを手にとってはかざし、唸っては戻し、を繰り返しながら候補を挙げていく。
 いつも洋服を買うのにお世話になっている店に置かれている商品だから、高級なものではない。けれど、二人にとっては決して安い買い物ではないのだ。
「あ……これ、えぇなぁ」
 山口が候補として選び、陳列台から外しておいた中のひとつを城島が手に取った。
 シンプルなシルバーのピアスで、アクセントにブラックキュービックがはめ込まれている。
「あ、いいよね、それ。茂くんが気に入ったんならそれにしようよ」
 山口はさっさと、他に候補として挙げていた商品を陳列台に戻していく。
「ええんか?」
「いいに決まってるじゃん。俺が選んだ中から茂くんが決めたんだから」
 城島は、選び出したピアスの台紙を親指と人差し指で挟み、光にかざした。
 両耳用の、一組のピアスである。
 城島と山口は二人とも、左耳にひとつのピアスホールが空いている。

 ――つまり、一組のピアスを二人で分け合うのだ。

 自由に使える金銭が限られている二人が考えた、最善の方法である。
 そうすると、城島と山口がお揃いのピアスを身につけることになるのだが、それは二人にとって問題ではなかった。
 春物の長袖Tシャツなど数点と一緒に、割り勘でそのピアスを会計する。
 小さな紙袋に入れてもらったそれを、山口は大事そうに財布の中へ仕舞った。それを見た城島は、何故ピアスの包みだけ別に持つのだろうと疑問に思ったが、大したことでもないので何も言わずにおいた。

 店を出ると、空は夕焼けに染まっていた。
 二人は長く伸びた影を踏み踏み、ゆっくりと歩く。そんな彼らを置き去りにするかのごとく、連なる自動車が次々と通り過ぎていった。
 それはまるで、これから二人が本格的に足を踏み入れることになる世界のスピードのようだった。
 どんどん後ろからやってくる流れ。一度進入してしまえば進み続けるしかない道。止まることは許されない。
 独りでは、残酷な流れに押し流されてしまうだろう。

 けれども城島には山口がいて、山口には城島がいて。
 ――そして、三人の仲間もいる。

 これからはその五人で、荒波を渡っていくのだ。
 正直、“手を取り合って――”なんて言葉が似合うような微笑ましい関係だけではないけれど。
 ようやく立つことの叶ったスタートライン。
 その自分の隣に山口がいてくれて良かったと、城島は心から思う。
 未来など見えない。
 けれども彼だけは、ずっと自分の隣を歩いてくれるのかもしれない、という確信めいた気持ちがあった。
「茂くん」
 肩を叩かれて振り向けば、にっこり笑う山口が、顔の横で右手に持ったピアスの紙袋をカサカサと振ってみせる。
「さっき買ったピアス。せっかくだから付けて帰らない?」
 ピアスの袋をすぐ取り出せる場所に仕舞っておいたのはこの為か、と、城島はさきほどの山口が取った行動の意味を悟った。
 山口は、傍らのバス停に設置されたベンチに城島を座らせ、自分もその隣に腰を下ろした。
 もちろん都合よくバス停のベンチが存在している訳ではなく、立った状態ではピアスをつけにくいことを頭に入れた上で、バス停のベンチを見つけてから城島に声をかけたのである。
 山口の指が城島の耳朶に触れると、彼の肩がわずかに強張った。
「……茂くん、動かないでね? すぐ済むから」
「ん……」
 左の指でつまんだピアスを通し、キャッチをはめる。茂の横髪は耳を半分隠すくらいの長さなので、ピアスが見え隠れしてちょうど良い具合だった。
「はい、出来たよ」
「ありがとぉ、山口」
 表情を和ませた城島は、山口からもう片方のピアスがついた台紙を受け取った。
 城島がつまみ上げたピアスと、城島の左耳に光る同じ煌めき。それが今、自分の左耳――つまり、まったく同じ場所――に納まるのだ。
 城島の指が山口の耳朶にあるピアスホールを探り、ピアスを通した。
 キャッチをはめた城島の指が離れ、意識しない間に二人の視線が合うと、どちらからともなく笑みをこぼす。
「おんなじ、や」
「ホントだね」
 沈みゆく夕日の強い光を照り返し、一組のピアスは誇らしげに輝いた。


2011.02.23



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