pierce glister


 ライヴ前の楽屋には、周囲の喧騒に隠れてちょっとした緊張感が漂う。
 ツアーの初日ならば尚更だ。
 開演まであと、約40分。
 隣の楽屋からは、太一が鳴らしているとりとめのないキーボードの音が聴こえている。
 そしてこの部屋でも、城島がギターを抱え、少し背中を丸めてうつむき加減になって、ギターの弦をぽろん、ぽろんと弾いていた。
 山口も、テーブルを挟んだ向かい側でベースを抱えてはいたが、それは何となく焦る気持ちを落ち着かせるためであって、弦に指をかけてはいない。
「ねえ」
「ん〜?」
 山口が声をかけると、彼の素に近い低めのトーンで返答があった。
「髪型はそれで決まり?」
 普段から鏡とにらめっこしている時間がメンバーで一番長い彼だが、今日はそれほどではなかったように感じた。
 事実、あまり凝ったセットではない。
 城島の髪はきつい癖があるため、そのままだと肩より少し上くらいの長さなのだが、ゆるくやわらかなウエーブに整えられて、今は肩につく長さになっていた。
「うん……」
 返事をしながらも、城島はギターを爪弾くことを止めない。
 それが彼なりの、ライヴ前における心の落ち着かせ方なのだ。
 山口はふと自分の耳に手をやり、まだピアスをつけていないことに気づいた。ベースを置いて立ち上がり、さっきまで使っていた鏡台の上に転がっているピアスを手に取る。
 複数個開いている自分のピアスホールにつけていくと、一つだけ、余ってしまう。
 ライヴのとき、山口はいつもピアスを一つ多めに用意しておくのだ。

 ――もちろん、それにはちゃんと理由がある。

 山口は、その余ったピアスを持って城島の背後に回る。
 すると、城島はふっとギターを弾く手を止めた。
 山口の手が伸びて城島の左の耳朶に指が触れると、ぴくりと微かに肩が揺れる。
 耳たぶの付け根あたり――目立たない場所に一つ、ピアスホールが開いていた。
「しげ……つけるよ?」
「……ん」
 耳を隠す髪をそうっと掻き分けて、ぷつりとピアスを通す。
 殊更ゆっくりキャッチをはめ、名残惜しげに耳朶を撫でる山口の指に、城島が堪えきれずに肩を揺らした。
「達也ぁ、こそばいって……」
「あぁ……ごめんごめん」
 城島の唇からこぼれたのが、プライベートな呼び方である「達也」だったことで、山口はにっこりと極上の笑みを浮かべる。
 城島は、仕事絡みだと絶対に「山口」あるいは「ぐっさん」と呼ぶ。うっかり、が出たことはない。(山口はつい勢いで「しげ」と呼んでしまうのだけれど)
 ――頭が仕事モードに切り替わっているときも然りだ。

 だから、今ここに座っている男はまだ、ただの“城島茂”なのだ。
 “TOKIOのリーダー”でもなく。
 “TOKIOのギタリスト”でもなく。

「リーダー、髪出来てんのかよ……って、出来てんのね? 今日は早いじゃん」
 ひょっこりと顔をのぞかせた松岡は、器用に一人つっこみをした。
「松岡、髪、変とちゃう? 大丈夫?」
「大丈夫、イケてるイケてる。カッコイイよ、リーダー」
 これかけたらバッチリだから、と、松岡はテーブルに置いてあったサングラスを、城島にかけてやった。
 城島を構う松岡は、嬉しさが隠しきれずに唇が今にも緩みそうになっている。
「リーダーぁぁ!!」
 勢い込んで部屋飛び込んできた長瀬は、一直線に城島のもとへがばっと抱きつきにきた。
「もうすぐっすよ、ライヴ!! 楽しみっすね! めちゃくちゃ暴れたいっすね!!」
「……テンション高いな、長瀬」
「もう、さっきからずっとあの調子よ? こっちが疲れてくるっての」
 山口がついぽろりとこぼすと、松岡がすかさずそれを拾った。
「そやなぁ。お客さんと一緒に、僕らも楽しまなな」
 城島がTOKIOの末っ子たる長瀬に甘いことは、メンバーにとっては当たり前すぎる事実である。
 自分より一回りは大きい長瀬に乗っかかられても、城島は嬉しそうににこにこ笑っている。
「長瀬、どいてやれ。ライヴの前に、リーダーのなけなしの体力削ってどうすんだよ」
 いつのまにか、太一もこちらの部屋に移動してきていた。
 時計は開演15分前を指している。
 ホールのざわめきからTOKIOコールが生まれ、だんだんと音量を増してくる。
「すっげぇ、お客さんノリノリじゃん」
「あーっ、早くステージ出たいっす!!」
 堪らずに叫ぶ太一と長瀬。
 スティックをくるくるっと回した松岡の眼にもはっきりと、うずうずするような期待感が表れていた。
 城島がちらりと山口の方をうかがうと、彼の視線は、城島の取る行動を知っていたかのように待ち構えていた。

(暴れようぜ? 俺たちらしく)
(……そぉやな)

 眼だけの会話は一瞬だった。
 唇を引き上げてニッと笑んだ城島はもう、“TOKIOのギタリスト”だった。

 くるりと踵を返し、城島はステージ袖へ繋がるドアに向かって歩き出す。
 銀色のピアスが、きらりと美しく光った。

2010.03.23



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