ライヴモード・スイッチ | |
1日がかりのプロモーションビデオ撮影。 5人揃って、思う存分楽器が弾けて、楽しいのは間違いないんだけど、長時間に及ぶとやはり疲れもにじんでくる。周りのスタッフも同様だ。 演奏シーンを何パターンが撮る中で、長瀬抜きの4人で後奏のコーラスシーンをやることになった。 合図に合わせて演奏が始まる。 チラチラと、意識しなくても俺の視界をかすめるリーダーの背中。 左手でおもむろにマイクを引き寄せ、顔を上向けて、右手を高く上げて手を招く。 ――そう、階上の客席を煽るように。 音楽に陶酔する眼の色に、思わずぞくりとした。 (リーダーのスイッチが入った……) リーダーの芝居は基本的にクサイし、俺としては恥ずかしくて見てられないって思うんだけど、だけど俺は、リーダーはある意味とても役者だと思う。 ロマンチストだから、たぶん与えられたシーンに酔えるんだろう。 特に、彼が一番愛する音楽、生の音楽に浸るこのような場では、リーダーはどっぷりと音に身を浸して自分を演出する。 リーダーが自分のマイクを離した。 そしてくるりと振り返り、後方の山口くんに向かって歩み寄る――まるで吸い寄せられるように。 思わず苦笑が漏れた。 リーダーと山口くんが並ぶ、その光景が、あまりにも自然でしっくりきすぎていたから。 松岡もいつだったか、この二人が並んだ後姿は大御所の貫禄さえあるなんてことを言っていたけど、それも何だか肯けてしまう。 俺と松岡は楽器の配置上後方にいることが多くて、嫌でもリーダーと山口くんの後姿が眼に入るから余計なのかもしれないけれど。 並んだ2人の背中は――俺に、俺の居場所は此処なんだ、という安心を感じさせてくれる。 リーダーが挑発的な視線を山口くんに向けた。 それとほぼ同時に山口くんの右腕が伸ばされて、リーダーの肩を抱く。肩を組んで一層寄り添った2人が、ひとつのマイクに向かって歌う。 もう完璧にライヴ仕様だ。 こんな至近距離でカメラがある中での、リーダーのライヴモード。なかなかないよ? ファン垂涎ものだね。 そして、俺の横でドラム叩いてる奴が、きっと後でモニターにかじりついて鑑賞するんだろうなってことが簡単に想像できてしまう。 リーダーのギターが唸りを上げた。 弦の音に酔いしれるリーダーを、これ以上ないほど優しく甘い眼差しで捉えながらベースを奏でる山口くん。 頼れる良き兄貴である彼が、俺たちの前では絶対に見せない表情がそこにある。 繊細でいて大胆に誘うギター。すべてを支えながら楽しく跳ねるベース。時にはおどけながらも正確なビートを刻むドラム。 そして俺が大好きな、さまざまの音色を遊び心たっぷりに奏でてくれるキーボード。 それらに長瀬の声とギターが乗れば――其処はもう、ライヴ会場だ。 (あぁ、何かうずうずしてきた) 俺のライヴモード・スイッチもオンになりそうだった。 | |
2010.09.04 |
|
ミッドナイト・ルーラー | |
コーラスとギターの余韻が響く中、俺は上機嫌でしげの肩に手を乗せる。 テンションが上がりきっていて、後から後から笑みしか湧いてこない。 まだ撮影カメラが回っていることを気にしてか、目線を前に向けたままのしげ。俺はその横顔をたっぷりと眺めながらその肩を三度叩く。 振り向いたしげも、充実感をにじませた満面の笑顔だ。 「いいねぇ、熱いねえ」 ライヴ・モードのしげから迸る情熱が、きっと――画面の向こうにも伝わるはずだ。 「いやー、様子がおかしいと思ったんだよね〜、途中から」 オーケーの声がかかると、わざとらしく渋面をつくった太一がスタッフの笑いを誘っている。 “ライヴ”と“テレビ”、“音楽”と“バラエティ”を全くの別物として考えているしげは、それぞれに合った(としげが考えている)異なる姿を見せる。 プロモーション・ビデオにおいては、俺の眼から見れば、しげはどちらかというと“テレビ”寄りの彼だ。 けれど今日はライヴ仕様の演奏シーンがあったため、“ライヴ”寄りに揺れたようだった。 少し戸惑いを含んだはにかみを浮かべ、しげは自分の立ち位置へ戻っていく。俺もしげに背を向ける。 ――が、そのとき。 「今、達也と僕、武道館やった」 思わずくるりと振り返る。 ああ、また、笑みがこみ上げてきて溢れてしまう。 ねぇしげ、あなた気付いてないでしょう? 俺のこと「達也」って呼んだんだよ。仕事上は必ず「山口」で通してるあなたが。 俺と同じくテンションが上がりすぎてたのか、一瞬気が緩んだのか。 だけど俺にとっては思いがけないサプライズだよ。 午後12時を回って疲れも感じはじめていたけれど、今はこれからライヴ一公演できそうなくらいの精神状態だ。 「12時回ると城島茂の時間だよね」 さあもう一度。 5人で最高の演奏をしようか。 | |
2010.10.25 |
|
![]() |
|
TOP |