いろんな捨て科白七題 配布元:jachin
![]() |
〈2〉 T−![]() ![]() レコーディング・スタジオの中、人目に付かない片隅に、俺はギターを抱えて座り込んでいた。 さきほどから何度も繰り返して奏でるメロディー。 だけど何だかしっくりこない。何かが足りない気がする。 (リーダーだったら……このメロディーをどうアレンジするのかな) 本当なら今日、リーダーはスタジオに来る予定じゃなかったみたいなんだけど、「ちょっと時間が空いたから」なんて言ってふらりと現れた。 使い古されたカセット・プレイヤーとノートを取り出していたから、歌詞の推敲でもしているのだろう。 俺は膝立ちになって、リーダーのいる部屋を覗く。 ソファーに背中を預けたリーダーは、鉛筆片手に視線を虚空に向けていた。今、リーダーの頭の中ではいろんな言葉が飛び交って、パズルのピースのようにぴったりくる表現を探しているのだろう。 何かを創り出そうとしているリーダーの横顔は文句なくカッコ良かったから、俺は嬉しくなった。 ギターを抱えたまま立ち上がり、言葉の海に浸っているリーダーの隣に腰を下ろした。そして、こてんと頭をリーダーの肩に預けた。 きっと、リーダーの眼はまんまるに見開かれてるんだろうな。 リーダーの手がカセット・プレイヤーを止めて、イヤフォンを外す仕草をした。 「……行き詰まってしもたんか、長瀬」 いつだって俺を自由にさせてくれるリーダーは、創作の点でももちろんそうだ。俺が助言を望まない限りは、深く立ち入らずに見守ってくれるだけ。 「何か、足りない気がして……」 「……今日は、えらい素直にしゃべるなぁ」 「そんな気分なんです。俺は、いつも自分に素直っスから……」 しゃべりながら眼を閉じる。 リーダーのあたたかさが、じんわりと体の中に染みてくる。 ――メロディーが、遊び出す。 思わず零れだしたハミングに、リーダーがくすりと笑った。 「……流れに乗ったみたいやな」 役目を終えた、みたいな言い方をするリーダーを引き止めたくて、俺は言った。 「あと五分だけ、素直でいてあげます」 だから、リーダーに寄り添って生まれてきたメロディー、ちゃんと聴いてよ。 そのままの体勢でギターを爪弾きはじめると、リーダーの肩からふっと力が抜けたのがわかった。 ---------------------------------- これは絶対、母子にぴったりの台詞だ! と思って書きました。(12/06/17) ▲top |
〈3〉 T− ![]() ![]() ![]() 「太一先生、これ書いてください!」 満面の笑みを湛えて長瀬が差し出してきたのは、色紙で作られた短冊だった。 長瀬は定期的に、視覚 たまたま国分の休日が長瀬の通所日に当たっていたので、見学がてら顔を出したのである。 「あぁ、七夕飾りね」 病院でも、毎年小児科病棟で七夕の笹飾りや短冊を作っている。国分には縁のない話だったが。 「俺、点字で書いたんです! まだ憶えたてだから、すごく時間かかったんですけど……」 長瀬は嬉しそうに、規則的な小さい穴が空いた短冊を掲げてみせた。 「すごいじゃん。何て書いたんだ?」 返ってきた答えは、国分の想像だにしていなかったものだった。 「茂くんの病気が治りますように、って書きました」 「……ッ!!」 長瀬はもちろん、茂の病気が難病で治る見込みがないことも、そもそも延命のための治療を行っていないことも知っている。 それなのにそんな願い事をするのか。 現実主義者である国分には、とても滑稽で無意味な行為に映った。 「……あのなぁ、長瀬……」 「わかってます、太一先生。……でもね、俺は……」 長瀬は、達観したような清々しい笑みを見せて言った。 「叶わなくても、祈ります。俺の願い事なんだから、俺の自由でしょ?」 その表情は何処か、城島に似ているように感じられた。 自らの命の限りを知り、それを真っ直ぐに見据えながら生きている彼の表情に――。 国分は黙ってペンを手に取り、迷うことなく願い事を書いた。 『長瀬の眼を治す方法を見つける』 自分のことではなく城島のことを願ってくれた長瀬に対し、国分が叶えてやりたい一番のことだった。 「ほら、書いたぞ。このままじゃ読めないだろうから、点字に直してもらえ」 「ありがとうございます! 先生〜、これ点字にしてください!」 国分は、今日は長瀬がその願い事を自分の指で読み取れるまで付き合ってやるか、と思った。 ---------------------------------- 敬語の台詞は、自然と長さんをイメージしてしまいます。(12/07/05) ▲top |
〈6〉 T− ![]() ![]() 「何処行くつもり?」 人の気配がなかったはずの背後から突然声をかけられた。 シゲルはため息を吐いて、仕方なしに振り返る。 「何でこんなとこに居るん、タツヤ……」 誰にも知られるはずのない計画だったのに。 「それはこっちの台詞なんだけど?」 腕を組んで仁王立ちしたタツヤの表情には、怒りと諦めが渦巻いていた。 「この窮屈な軍事学校のシステムの中では、俺は厳密には、あなたの傍にいることはできない。……1年の差は、大きい。それを逆手に取って、独りで暴走するのは勘弁してよ……」 「だって、タツヤは絶対僕を止めるやろ?」 止められたくないのだ。止められても行くしかないと心に決めているのに、タツヤの制止を聞いたら心が揺らいでしまうかもしれない。 精神の乱れは、失敗のもとだ。 「……止めないよ。止めたってあなたは行くんだから。無駄でしょうが」 タツヤはずかずかとシゲルの目の前まで歩み寄り、揺らがぬ強い視線を投げかける。 「その代わり――独りで行くなら、無傷で帰ってこなきゃ許さない」 どんな屈強な軍人でも九分九厘無理だろうと思われる難題をふっかけたタツヤは、にやりと笑う。 「約束できないなら、いっそ行くな」 シゲルは再びため息を吐いて、額に掌を当てた。 「そんなん僕には無理やって、一番知ってんのタツヤやろ……どうせぇっちゅうの……」 タツヤはシゲルの腕を取り、とびきりの笑みを浮かべてみせる。 「決まってるでしょ? 俺が一緒に行って、あなたを護ればいいんだよ」 ---------------------------------- いざというときは絶対一緒にいる。それがリセッタの理想です。(11/04/25) ▲top |