1. 刻の流れと歪み



「……俺、迷子ってこと?」

 自分が〈刻の狭間〉の迷い人であるとシゲルから告げられたトモヤの第一声がそれだった。
 途端、タツヤがぶっと噴き出す。
「まぁ、迷子だよな。確かに。うん、合ってるけど……」
 何か間抜けな響きだよなぁ、とくつくつと忍び笑いをするタツヤを見て、トモヤは頬を膨らませる。
 しかし次の瞬間、先ほど自分が言った台詞を思い出してハッとした。
「えっ……じゃあ俺、帰れないってことですか!?」
「そういうことだな」
 タツヤは無情なほどにあっさりと肯いた。
「おまえ、気づくの遅すぎ」
「そんなあ〜」
 がっくりと頭を垂れるトモヤを見て、シゲルは眉を下げて困った表情を浮かべる。
「君みたいに、此処を〈(とき)の狭間〉と知らずに落ちてきてしまったって子は初めてやからなぁ。戻してあげたいのは山々なんやけど……」
 シゲルは隣に立つタツヤに視線を遣った。
「方法、わからへんよなぁ? タツヤ」
「少なくとも、俺は知らないね」
「……あの〜」
 トモヤがおそるおそる口を挟む。
 此処が本当に〈刻の狭間〉という場所であるのなら、さきほど自分が口にしたあの人物がいるはずだった。
「〈刻の番人〉って人はいないんですか? その人に訊いたらわかるんじゃ……」
 シゲルとタツヤが顔を見合わせた。そしてタツヤが、ずいと一歩トモヤの方へ歩み出る。
「だから、〈刻の番人〉である俺が、知らねぇって言ってんだけど?」
「……へ?」
 床に座りっぱなしのトモヤは、ぽかんと口を開けて腰に手を当てて立つタツヤを見た。
 何度も瞬きをしてみる。
 タツヤの後方にいるシゲルに視線を向けてみる。
「……〈刻の番人〉?」
 タツヤを指さして思いっきり疑問符をつけた声を上げたら、トモヤはその指さした右手をタツヤに容赦なく叩かれた。
「いったあ!!」
「指さすなっての! 俺が正真正銘、現在の〈刻の番人〉だよ」
 そう言い切られても、トモヤはまだ信じきることができなかった。
「でもっ! 俺バカだけど、人形(ドールなのかそうじゃないのかの区別くらいはつくよ! 俺がこの部屋に入ってきたとき、生体反応は全く感じなかったッ!」
 噛みつくトモヤを軽くいなすように、タツヤはゆっくりと微笑みを浮かべた。
「ああ、それは間違ってない。俺はこの人の〈人形(ドール〉だ」
 タツヤはたおやかにシゲルの左手を取り、その場に跪いて彼の手の甲に唇を寄せる。わずかに眼を伏せて、その行動を容認するシゲル。
「だけど俺は、〈人形〉である前に〈刻の番人〉であるんだ」
 トモヤは頭の中で、与えられた情報を懸命に整理しようと努めた。
 タツヤがシゲルの人形ということは、シゲルがタツヤの主であるということ。すなわち、シゲルは人形師ということになる。
 また、タツヤが人形である前に〈刻の番人〉であると言った意味は、もともと彼が〈刻の番人〉であり、そのあとにシゲルの手によって人形となった、というふうに解釈できる。

 ――そもそも〈刻の番人〉とは何者なのか?
 お伽話に出てくる架空の存在だとトモヤは認識していたのだが、どうもそうではないらしい。
 何者かもわからない〈刻の番人〉を自らの人形としているシゲルもまた、どういった人物なのか……。

 とりあえずわからないことは訊かなければ、と、トモヤが口を開こうとしたその時。
「シゲル君、何事っ!?」
「何かあったの!? 俺の感覚では、予定よりかなり早く起きたっぽいんだけど!」
 バターン、とドアが開いて姿を現したのは、トモヤが先程見ていた、楽士と剣舞者の人形だった。



2011.06.20


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