青き希望のバレット 



 滅亡したブルティア王国から、“青い鳥”が逃げ出した――。

 その情報に初めは半信半疑だった人々も、ブラッキス王国軍が各地で大規模な山狩りをしたり、主要都市での警邏(けいら)を強化したり、という現実を目の当たりにし、それを真実だと認識しはじめた。
 そして、“青い鳥”というのはどうやら生物であるらしい、というのが一般認識となりつつあった。
 しかしながら、その正体はまだわかっていない。
 その名の通り青い鳥の姿をしているという者もあれば、“青い鳥”とは何らかの比喩であり、特別な地位を持った人間であるという者もある。その他、神に仕える巫覡(ふげき)であるとか、人語を解する鳥獣であるとか、ブルティア国王の落とし胤であるとか……。
 “青い鳥”の正体に関する噂は数あれど、次の1点に関しては変わらず、人々の共通認識となっていた。

 ――“青い鳥”を手中に収めた者は、最上の幸福を手に入れることができる。


       ◇


 レディール王国東部地域にある小さな町、ボルタ。
 夕闇が辺りを覆いはじめた中、町で唯一の酒場(パブ)の灯りがよく目立つ。
 漆黒のコートに身を包んだ長身の青年は、迷うことなく酒場の扉を押し開けた。
「あ、マサ兄〜」
 盛況なフロアを見渡したマサヒロは、カウンター席でひらひらと手を振っている顔見知りの少年を見つけた。
 片眉を上げて、マサヒロは彼のもとへ歩み寄る。
「戻ってたのか、カズ」
「ついさっきね。此処にいたら、マサ兄に会えるだろうと思って」
 マサヒロはカズナリの隣の席に座り、店主に麦酒(ビール)を注文した。
 カズナリは自分のグラスを持ち上げて、透明な液体を喉に流し込む。――彼はまだ成人年齢に達していないため、中身は炭酸水である。
 実年齢よりも幼く見られることの多いカズナリだが、実のところは腕利きの魔銃士(マジックガンナー)で、同じく魔銃士であるマサヒロの信頼も厚い、弟分であり仕事仲間だ。
「で、情報は集まったのか?」
 マサヒロは声をひそめて問う。カズナリは周りに視線を走らせてから、同じように声を小さくして言った。
「残念ながら、マサ兄の説を裏付けられるような情報はなかったよ」
「そうか」
 ぐいっと麦酒を煽るマサヒロに、カズナリは肩をすくめてみせた。
「俺は“青い鳥”って、魔獣の類とか……そういう可能性が高いと思うんだけど。マサ兄は最初っから、強硬なまでに『“青い鳥”(イコール)人間』派だよねぇ。何か確信でもあるの?」
「確信なんか……ねぇけどさ」
 ゴトリ、と置かれたマサヒロのグラスは、ほとんど空になっている。
「ただ、俺は……」
 その後に続く言葉は、マサヒロの心の中だけで発せられた。
(あのとき見た……不思議な魅力をまとった人物。彼が“青い鳥”なのかもしれないと、思っているだけだ……)


 マサヒロがまだ、駆け出しの魔銃士(マジックガンナー)だった頃。
 その日は、ずっと憧れていた、同じギルドに属する先輩魔銃士と組んで仕事ができることが決まって、マサヒロは幸せな気持ちで満たされていた。
 はちきれそうな期待、自然と緩んでくる頬。足取りも軽く、スキップしてしまいそうなほどだった。
 夕闇迫る中家路を急ぐマサヒロは、自分の進行方向に人影があるのに気づいて立ち止まった。
 ――ふわりと彼が振り返る、その動作がいやにゆっくりと感じられたのを憶えている。
 街中でよく見かける旅の軽装をまとった彼は、ちょうど少年と青年の狭間あたりの年齢……マサヒロより少し歳上のようだった。
 マサヒロは何度か瞬きをした。腕で両眼を擦ってみた。
 何故なら、目の前にいるその青年を、淡い青色の光が包んでいるように見えたからだ。
 ゆるりと彼の表情が崩れて微笑みの形を取るのを、マサヒロはぼんやりと見つめていた。
「とても嬉しいことが、あったんやね」
 微笑みかけられたマサヒロが呆けたようにこくんと肯くと、彼はますます笑みを深くした。
「僕に……ちょっと、分けてくれへんかな?」
 彼の発した言葉の意味は、わからなかった。
 けれどマサヒロは、今度は迷いなくはっきりと肯いたのだった。
「ありがとぉ」
 彼のやわらかな笑顔は、ほわり、蝋燭に火が灯る瞬間のように、マサヒロの心を温かくした。
 彼はマサヒロの右手を、両手できゅっと握る。
 ――彼を包む青い光が、ゆっくりと明滅した気がした。
「君の心がいつまでも……まっすぐ、美しくありますように……」
 ゆっくりと両手を放し、青年はマサヒロが来た道を歩いてゆく――。
 マサヒロは何故かしびれたようになって動くことができず、彼の後を追うことはできなかった。
 ――その後、先輩魔銃士との仕事は成功した。
 依頼主からの大きな信頼を得、マサヒロの名が売れただけではなく、最初に示されていた報酬よりもかなり上積みされた金額を受け取ることまでできたのだった……。


 ぼんやりと思案に耽ってしまったマサヒロの意識を引き戻そうと、カズナリは左手を動かしかけた。
 しかしそれは、酒場(パブ)の扉が開かれたことで止められる。
 入って来たのは男二人組だ。新顔らしい。
 斧を背負った、一目見て手練と感じ取れる戦士(ファイター)と思しき青年と、槍を背負った少年。槍使いの方は自分と変わらぬ歳頃だろうと、カズナリは当たりをつけた。
 彼らは、マサヒロとカズナリの隣に腰を落ち着けた。頼んでいるメニューから察するに、夕食を摂りにきたようである。
「ねえマスター! このサンドウィッチって、持って帰ったりできる?」
 戦士らしき青年が、気さくな様子でマスターに話しかけた。
「それは構わんが……日持ちはしないぞ」
「ああ、それは大丈夫。俺の夜食だから。じゃ、これ二つ包んでくれる?」
「はいよ」
 槍使いの少年は、荷物の中から魔法書を取り出して広げている。彼は魔法騎士(マジックウォリアー)だな、とカズナリは予想した。
「今晩は。見ない顔ですけど、冒険者の方ですか?」
 話しかけると、青年の方がにこやかに対応してきた。
「ああ、そうだよ。つい今しがた、この街に着いたばかりでさ。俺はタツヤ、職業(ジョブ)戦士(ファイター)。で、こっちは俺の連れ」
 奥に座っている少年が魔法書から顔を上げて、ぺこりと会釈をする。
「ショウです。職業(ジョブ)魔法騎士(マジックウォリアー)
「どうも。俺はカズナリ、魔銃士(マジックガンナー)やってます。それから……」
「マサヒロ。同じく魔銃士(マジックガンナー)
 マサヒロは自分で名乗りを上げた。
 そこでカズナリは異変に気づく。マサヒロのまとう空気が、いやにピリピリしているのだ。
 窺ってみると、マサヒロの視線は鋭く光り、目の前のタツヤを見据えていた。
「アンタ。タツヤさん、だっけ? ……訊きたいことがあるんだけど」
「俺で役に立てるなら?」
 にっこりと笑い返したタツヤの表情は、何処か挑戦的だ。
 バンッ、とカウンターに手をついて、マサヒロは立ち上がった。
「此処じゃ都合が悪ィ。表で話したい」
「……まぁ、いいけど。ショウ、ちょっと出てくるわ」
「わかりました」
 マサヒロの後について店の外に出ると、タツヤは腕を組んで彼を見上げた。
 タツヤの記憶では、マサヒロという名の魔銃士(マジックガンナー)とは初対面のはずだった。しかし、冒険者としてそれなりのレベルであることを自覚しているタツヤは、自分が知らなくても相手が自分を知っている、という状況には慣れている。
「えーと、マサヒロ、だったか。訊きたいことって何だ? 俺は腹減ってんだ、手短にしてもらいたいんだが」
 一瞬、表情に逡巡を見せたマサヒロだったが、単刀直入に切り出すことを選んだ。
「……アンタの周りに、青い光が見える。俺は過去、同じ光をまとった人に出逢ったことがあるんだ。……俺はその人について知りたい。栗色の癖のある髪に、青緑の眼をした……言葉に訛りがある男だ。たぶんアンタと同じ歳頃だと思う……何か知らねぇか!?」
 栗色の髪。青緑の眼。言葉に訛り。
 それが誰のことであるのかタツヤにはすぐわかったが、それを表情に出すことはしなかった。
 それよりタツヤは、マサヒロの言った“青い光”というのが気にかかった。けれど、彼自身が答えを持っているとは思えないので、訊ねても無駄だろう。
「……さあ、知らねぇな」
 タツヤの返答の真偽を確かめるかのように、マサヒロはしばらくタツヤの表情を窺っていた。
 けれど、諦めたのか、ふうと小さく息を吐き出す。
「そっか。……喧嘩腰に訊いて、悪かった」
「いい、気にするな」
 タツヤは人好きのする笑みを浮かべてみせたが、マサヒロが自分に背を向けるなり、表情を引き締める。
(マサヒロ……コイツは明らかに、シゲルと逢ったことがあるな……。でも、名前も知らないところをみると、深い関わりはなかったらしい。問題は、何故そんなヤツが、シゲルのことを捜しているのかだな……)
「おい。マサヒロ」
 呼び止める声に、マサヒロは振り返って少し眼を丸くしたようだった。
「お前は何故、その男を捜してるんだ?」
 答えはすぐには返らなかった。
 マサヒロは虚を衝かれた表情で、しばらく黙り込んでいた。
 しかし不意に、何の飾り気もない本音が転がり出た。――タツヤの視線から逃れるようにしながら。

「ただ……もう一度、逢ってみたい。それだけだ……」


     ◇


「ハッ!」
 ブンッ、とタツヤが戦斧を大きく横になぎ払う。
 すると、立ち塞がった五匹の爬虫類モンスターが一気に倒れた。おまけに、その後方にいる、この洞窟エリアの主たる岩窟竜(ケイヴ・リザード)にも傷を負わせている。
 後方に位置するマサヒロたち三人の魔銃士(マジックガンナー)が数発の魔弾を撃ち込むと、ボスモンスターは呆気なく灰と化した。
「マサヒロ、お前の話だと、もうちょっと手こずるかと思ったんだけどな。……おっ、コインの額はイマイチだけど、この鱗は使えるなー」
 灰の中から戦利品を掻き分けているタツヤを、マサヒロは信じられないという目つきで見ている。
 タツヤとショウは何か目的のある旅の道中であるらしく、ボルタの町には五日程度滞在する予定だと言っていた。
 昨夜たまたま酒場(パブ)で顔を合わせたとき、タツヤが近場で手っ取り早い依頼を探しているというので今回のパーティに加わってもらったのだが……。
 今回の成果は、ほとんどが彼の功績といってもよかった。
「……俺たちが苦戦してた癒蜥蜴(リプテイル)を一撃で倒すって……信じらんねぇ……」
 癒蜥蜴(リプテイル)は回復呪文を会得している爬虫類モンスターで、自動的に自身の体力を回復する他、岩窟竜(ケイヴ・リザード)の体力も回復させるので、討伐に手こずっていたのである。
「ああ、お前からそう聞いてたからな。ああいう面倒くさいヤツらは、一気に倒すに限るんだよ」
「……それが出来なかったから、苦労したんだって……」
 マサヒロは、そういえばタツヤのレベル数を訊いていなかったなと思い当たったが、もの凄い答えが返ってきそうだったので止めておこうとこっそり心に決めたのだった。


 近場での仕事依頼をこなした帰途、商店の多い通りの外れで、カズナリはショウの後姿をみとめた。買い物の帰りらしく、腕に食料の入った紙袋を抱えている。
 声をかけようかと後ろから近付きかけて、ふと気付く。
(……そっちは、宿屋の方向じゃないよねぇ……)
 カズナリは個人的に情報屋との繋がりを持っており、独自に仕入れた情報を売るという仕事をすることも多々ある。
 ボルタの町自体は、魔銃士(マジックガンナー)ギルドが拠点を置いている以外目立った特徴のない場所だが、レディール王国の国境へ向かうのに必ず通るのだ。冒険者たちの往来が多いため、情報屋の需要はそれなりに大きい。
 タツヤとショウが“宿屋ナノハナ”に逗留しているという情報も、カズナリは当たり前に押さえていた。
 悪用する気はなく、ちょっとした癖のようなもので、彼らが何事もなくボルタの町を出立すればカズナリの脳からは自動的に消去される情報。まさかそれが役に立つことになろうとは。
 夕刻、陽が落ちかけてくる時間である。
 食料の紙袋を持って宿屋に戻るならまだしも、荷物を抱えてこれから何処へ行こうというのか――。
(何か、秘密の匂いがしますね)
 カズナリは適度に気配を消して、ショウの後をつけはじめた。


「本当にいいの、タツヤさん。あれだけで……」
 町に帰り着き、宿屋に戻るというタツヤの後をついていきながら、マサヒロはまだ気にしてそのことを問う。
 タツヤは今回の報酬として、マサヒロたちが提示した取り分よりずっと少ない額と、戦利品のひとつである竜の鱗しか受け取らなかったのである。どう考えてもそれっぽっちでは、タツヤの功績には見合わないのだ。
「いいんだって、あれで充分。二人旅なんだからそんなに経費かかんねーよ」
 明るく笑ったタツヤの表情が、次の瞬間、険しく固まった。
「タツヤさん? どうかした……」
「いや。……ちょっと急いで戻る用事を思い出した。今日はありがとな、マサヒロ」
 軽く手を上げて、タツヤはあっという間に走り去ってしまう。
 けれど、どう見てもあの表情は、何か深刻な問題が浮上したとしか思えなかった。
「……気になる、じゃん」
 マサヒロは良心の呵責を感じながらも、タツヤの走り去った方向へと足を向けていた。


 夕闇にうまく紛れられたお陰で、カズナリはショウに気付かれることなく尾行を遂行できていた。
 ショウは、人気のない東門の傍にやって来ていた。
 東門の向こうには、レディール王国の東端に位置する関所へ続く道がある。しかしその関所が夕刻五時に閉まるため、それに合わせて東門も閉門される。陽が沈み始める時間帯から行動が活発になるモンスターの侵入を防ぐためである。だから、この時間帯には東門付近には人影がないのだ。
 閉まった門に何の用があるのかと、カズナリが(いぶか)ったときだった。
 ショウが慌てたようにバッと空を仰いだ。
 カズナリも頭上を見ると――バササッ、と羽音がして、一羽の青い小鳥がショウの頭上に飛んできたのだった。
(ルリコバネ……? このあたりではなかなか見ないけど……)
 鮮やかな青色が美しい“ルリコバネ”は、レディール王国とブルティア王国の国境あたりに生息する鳥である。レディール王国の東部に位置するこの街で見かけることは少ない。
 突然、その青い小鳥は淡い青色の光に包まれてぼうと光った。そして、光の尾を伴いながらショウの方へと舞い降りていく。
(あれは……ッ!?)
 カズナリは一瞬、その小鳥に重なって、少年の横顔が見えた気がした。
「サトシくん!」
 ショウが声を上げるのとほぼ同時に、青い光がぶわっと広がる。その後に現れたのは、ショウと同じような旅装の少年。――さきほど、小鳥に重なって見えた横顔の主だった。
「サトシくん、どうしたの!?」
 慌てた様子のショウの腕を、サトシがギュッと掴む。
「ショウくんのこと、迎えにきたの。追っ手が迫ってる……今日中にこの村を出るって兄さんが」
 カズナリと同じくらいの背格好で、蜂蜜色の髪をしたサトシと呼ばれた少年とショウのまわりには、青い光が取り巻いている。
(なるほど……そういうことか……)
 頭の回転が早いカズナリは、目の前で起こったことから素早く類推を広げた。
(“青い鳥”は、言葉のまま――“青い鳥”の姿を取ることのできる人間を指すのかもしれない。……マサ兄は、もしかしてこのことを知ってたのか? だから、“青い鳥”イコール人間だっていう確信があった……?)
 カズナリの手は知らず知らず、腰のホルダーに収めてある愛用の魔銃に伸びていた。
 ちろり、と舌なめずりをする。
(ゴメンねマサ兄――手柄、俺がいただいちゃうよ)


 タツヤは“宿屋ナノハナ”に立ち寄って荷物を持ち出したあと、東門の方へ向かっていた。その後を、充分な距離を空けてマサヒロが追う。
 マサヒロの眼に映るタツヤは、初対面のときと同じく青い光に包まれている。
(あれ? 前の方にも、青い光が……)
 タツヤの向かう先にも、ぼんやりと青い光に包まれた物体がみとめられたのだ。
 近付くにつれそれが、木陰に佇む、外套をまとった人影であることがわかった。
「シゲル!」
 タツヤに呼ばれて顔を上げたようだったが、マサヒロのいる位置からその人物の造作を確認することはできなかった。
「タツヤ、ごめんな急がせて。サトシはショウのところに行かせたから、これから合流して……」
 そのとき、ふと気を抜いてしまったマサヒロの気配に気づき、タツヤと外套をまとった人物はほぼ同時に後ろを振り返る。
「マサヒロ――つけてたのか」
 タツヤは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。その理由は、背後にいた人物が前に進み出たことで明らかになった。
 癖のある栗色の髪に、青緑の眼。忘れようもない、印象的な微笑を湛えた青年。
「やっぱり……あなたは……っ!」
 その先を紡ごうとしたマサヒロの唇を、シゲルは指先で軽く押さえる。
「立派な魔銃士(マジックガンナー)になったんやね。……僕らのことは、忘れて。マサヒロ――君のために、な」
 そのときシゲルの顔に浮かんだ笑みは、マサヒロには少し苦しげに見えた。
 シゲルの掌がマサヒロの方へ翳される。
「待って、俺はッ――!!」
 ガァン――
 何処か遠くない場所から、銃声が聞こえた。
 途端に、シゲルの表情が青ざめた。
「サトシ……!」
「シゲル、こっちだっ!」
 タツヤがシゲルの手首を掴んで走り出す。マサヒロもその後を追った。


「あーらら、ちょっとタイミング外したかぁ」
 カズナリはくるくると手の中で魔銃を回して、苦笑をこぼした。
 先ほど魔弾を放った先にはシールドが張られている。ショウがとっさに気付いて発動させたものだった。
「カズナリ、さん。……これはどういうことですか? 何故、俺たちに攻撃を?」
 ショウは背中にサトシを庇いながら、鋭い眼差しでカズナリを見据えた。そして、背負っていた槍を構える。
「それはあなた方が一番よくわかっていることでしょ?」
 カズナリはさも可笑しそうに笑う。
「目の前にあの“青い鳥”がいるんだよ。誰だって狙うでしょ?」
 口元を引き締めてカズナリを()めつけるショウは肯定も否定もしなかったが、カズナリはサトシを庇うショウの行動こそが肯定の返事だと見て取った。
「次は手加減無しでいくよ」
 銃を構えるカズナリの左親指が撃鉄を引き起こした、そのとき。
「やめろッ、カズ!!」
 マサヒロの怒声が響いた。
 銃口の向きはそのままにカズナリがちらりと振り返ると、マサヒロの長身の後ろに、二つの人影があった。
 一人は、ショウの旅仲間であるタツヤだ。
 もう一人はカズナリが初めて見る顔だったが、タツヤとショウ、そしてサトシの仲間であることは容易に想像できる。もしかすると彼も、“青い鳥”に関わりのある人間なのかもしれない。
「どうして止めるの? マサ兄、知ってて狙ってたんでしょ? この――“青い鳥”を」
「違う、俺は“青い鳥”なんて狙ってない!」
 すると、マサヒロを押し止めるように、タツヤが一歩前に進み出た。
 戦斧を担ぎ上げたその姿に、カズナリは思わず怯む。とうてい敵う相手ではないとわかっているから。
「悪いが俺たちは急いでるんだ。……面倒見てもらった恩はあるが、足止めをしようというのなら容赦はしねえぞ?」
「く……っ」
 カズナリは引き金を引くことができなかった。
 引いてしまえば――タツヤの斧が自分の喉を掻っ切る。そう、タツヤの殺気立った眼が語っている。
「サトシ、ショウ。こっちに」
 その間に、シゲルが東門の前へとサトシとショウを移動させた。ショウは構えた槍をカズナリの方に向けて警戒しながら、シゲルに従う。
「動くなよ、カズナリ。……マサヒロ、お前もだ」
 タツヤもまた、カズナリとマサヒロに睨みを利かせながら、じりじりと間を取ってシゲルたちの方へ移動していく。
「距離を取れば取るほど、あなたには不利なんじゃないですか、タツヤさん……?」
 まだ腕を下ろさないカズナリに、タツヤは不敵に笑ってみせる。
「生憎、これくらいの距離なら俺の攻撃範囲内なんだよなぁ」
 タツヤが戦斧を横に大きく振る。
 カズナリは慌てて後ろに飛び退ったが、刃のごとき風勢で左腕に創傷を負ってしまった。
「シゲル、行こう」
「わかった」
 (ワンド)を手にしたシゲルが地面に膝をつき、何か作業をすると――。
 眼の眩む閃光のあと、カズナリとマサヒロの前から四人の姿はきれいさっぱり消え去っていたのだった。

 暫し呆然と立ち尽くしていた二人だったが、先にカズナリが動いた。
 四人が立っていたと思われるあたりに歩いて行き、跪いて地面を調べる。
「……魔法陣、か?」
 後ろからやってきたマサヒロも、カズナリの隣にしゃがみ込む。
「うん、そう。あの……タツヤさんと一緒にいた人が魔術師(ウィザード)ですね……。知ってたら防げたかもしれないのに……」
 ため息を吐いたカズナリは、じろりとマサヒロを睨み上げた。
「で、マサ兄はどういうつもりだったの? 目の前に“青い鳥”がいながら……。知ってたんでしょ? あの二人が“青い鳥”に関わってること」
「……俺は本当に、“青い鳥”を手に入れたいなんて思っちゃいないよ。初めからな」
 どうやら、カズナリはサトシのことを“青い鳥”だと思っているようだが、シゲルもそうであるということは気づいていないようだとマサヒロは判じた。
「ただ、昔……あの魔術師と、ちょっと関わりがあっただけだ」
「へぇ……?」
 にんまりと笑みを浮かべたカズナリを見て、マサヒロはとっても嫌な予感がした。
「ねぇ、マサ兄。俺ちょっと長旅に出ようかなと思うんだけど……一緒に行かない?」



 翌日の昼前、二人の魔銃士がボルタの町を出立した。
 行くあてもわからぬ――“青い鳥”の行方を追う旅のはじまり。

「カズ、お前ってこんな行き当たりばったりの奴だったか……?」
「やだなぁマサ兄。俺、一応情報屋の端くれなんだから。絶対、手がかり掴んでみせるよ」

 “青い鳥”が希望へつながる道なのだと、信じて――




2011.10.23



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