僕らのブルー・バード


 青き鳥は何処(いずこ)にあらん
 青いお屋根の城の中

 青き鳥は何処で唄う
 争いの血が流れる(ところ)

 青き鳥は()が肩で()
 火炎の心を持つ者の(もと)



 北の国境にほど近い交易都市・マチスタ。
 レディール王国では、城下都市をのぞけば一番発展している都市である。
 さまざまな店が軒を連ねる道路は、世界中を旅する、いわゆる“冒険者”と呼ばれる職業の者でごった返していた。
 そんな中、人混みにもまれて弾き出された1人の少年が、荷物を抱え直しながら息を吐く。
(予想以上に人が多いなぁ……本当に俺、やってけるのかな)
 ショウという名のこの少年は、ついひと月前に一人立ちしたばかりの魔法戦士(マジックウォリアー)である。
 背に負う包みの正体は槍で、それが彼の得物である。
 ショウが師のもとを離れて初めて辿り着いた大きな街が、此処マチスタなのだった。
 食べ物の良い香りが漂ってきて、ショウは己の空腹に気がついた。
(とりあえず何か食べよう……。人の集まる所だから情報も耳に入るだろうし)
 2、3の出店をのぞいたショウは、野菜のたっぷり入った雑炊を買い求め、なるべく人のたくさん座っているテーブルの近くへ席を取る。
 ちょうどショウの背後には2人組の男たちが食事をしながら話をしているところだった。
「ブルティア王国のその後はどうなってんだろうな?」
「王族は捕らえられたという話だったが……“青い鳥”の情報は出回っていないようだ」
「だいたい、“青い鳥”なんて本当に存在するのか?」
「まずはそれだよなァ……」
 ブルティア王国は険しい山地の多い小さな国である。
 長年戦とは無関係だったのだが、豊富な鉱山資源に目をつけた大国・ブラッキス王国によって侵略され、滅ぼされてしまった。
 “青い鳥”というのはブルティア王国近隣では有名な言い伝えである。
 ブルティア王族は“青い鳥”と呼ばれる宝物を所有しており、その“青い鳥”を手中に収めた者には必ず、幸福が約束される――ブルティア王国が、小国ながら長きに渡って続いてきたのは“青い鳥”の加護のおかげである――という。
 しかし、王国が滅亡し、ブラッキス王国軍によって城を暴かれた今も、“青い鳥”はどんなものなのか、本当にあるのかすらわかっていないのだった。
 背後の2人組は食事を終えたらしく、席を離れていった。
 ショウがすっかり冷めてしまった雑炊を口に運ぼうとしたとき、テーブルの向かい側にドン、とショウの持つものより3倍はあろうかという雑炊の器が置かれた。
「此処、座っていい?」
 問いながらも、その体格のいい青年は、ショウの返事を待たずにもう椅子に腰かけていた。
「あ、はぁ……」
「どうも」
 人好きのする笑顔を向けたその青年は、背負っていた武器――大きな戦斧――を下ろすと、ものすごいスピードで雑炊を掻き込みはじめた。
 どでかい器の半分ほどが、あっという間に彼の胃の中に収まってしまった。
「――きみも“青い鳥”目当ての冒険者?」
 食事の手を止めた青年は、唐突にそう訊ねた。
 ショウが答えあぐねると再び口を開く。
「さっきの二人組の話、熱心に聞いてたろ。……“青い鳥”目当てだってことを知られたくないんなら、もうちょっと聞き方考えないとねえ」
「あ、いえ、“青い鳥”が目的なわけじゃないです。何となしに話を聞いていただけで。……そもそも僕はまだ、冒険者として独り立ちしたばかりですし」
 慌ててショウが自己を主張すると、青年は「ああ、そうなんだ」とてらいなく笑った。
「俺はタツヤ。見ての通り、斧使いの戦士(ファイター)
「あ……ショウ、です。魔法戦士(マジックウォリアー)です」
 戸惑い気味に返答したショウに向かって、タツヤはにやりと笑んでみせる。
「よろしく、ショウ。――袖振り合うも多生の縁、ってね。何処でも顔を売っておく、これ俺のモットー。それがいつどんなときに役立つかわからないからね」


 薄手の外套をすっぽりと羽織った2人組が、人通りの多くない道を選んで歩いていた。
「サトシ、どうや?」
 癖毛の青年が、隣に寄り添って歩く少年に視線を落とす。
「あっち」
 サトシと呼ばれた少年は、すっと進行方向を迷わずに指した。
「そぉか……僕もおんなじや。近くで見つかればえぇんやけど」
 数秒の間じっと前を見据えていたサトシが、おもむろに隣の青年を見上げた。
「大丈夫……。僕の心炎(フレイム)も……兄さんのも、すぐ近くにあるよ」


 ショウが雑炊を完食するまでの時間に知り得たのは、タツヤがパーティを組んでいない単独の冒険者で、情報屋として機能している酒場に持ち込まれる依頼をこなして路銀を稼ぎつつ、未踏エリアの開拓をしているということだった。
 少し話を聞いただけで、タツヤがかなり腕利きなのだと知れる。
「さてと……。俺はこれから冒険者商店(ギルド・ストア)に行くつもりだけど、ショウはどうする?」
 荷物を肩にかけながら立ち上がったタツヤに続いて、ショウも腰を浮かせた。
「ご一緒してもいいですか? 僕も買いたいものがあるので」
 冒険者にとって必要な携帯食料・雑貨類がすべて揃う冒険者商店(ギルド・ストア)は、マチスタのような大きな都市では規模の大きい店舗を持っていることが多いため、たいていにぎわう商店街から少し離れた場所にある。
 ショウもタツヤも要り様の食料や薬草類を買い求め、鞄に詰めて店を出た。
「ショウはこれから何処かアテがあるのか?」
「師匠がマチスタの魔法戦士ギルドに紹介状を書いて下さったので……とりあえずはギルドを訪ねてみようかと思ってます」
「ギルドね。ま、真っ当な道だよな」
 場所わかるか? とタツヤが道筋を示そうとしたとき、彼の視界に2つの人影が映り込んだ。
 外套をきっちりと着込んでいるさまは、不自然ではないが少し目立つ。
 だから気に留まったのか――、自然と視線が吸い寄せられていた。
 ショウも、言葉を止めたタツヤにつられてそちらを向く。
 すると、2つの人影のうち背の低い方が、タツヤとショウの方へたったっと走り寄って来た。
 その少年は、ショウの目の前で立ち止まった。目線はショウより少し低い。
 彼は嬉しそうにくしゃりと笑って、ショウの体に抱きついた。

「見つけた。僕の心炎(フレイム)
 
「えっ、な、何っ……!?」
 いきなり見知らぬ少年に抱きつかれたショウは、訳もわからず取り乱した。
 しかし、その原因を作った少年――サトシは、ショウの様子を意にも介さず、邪気なくにこーっと笑う。
「よかったぁ。僕、もうほとんど幸力(エナジー)残ってなくて、このまま倒れるかと思った」
 抱きついていた腕を離し、サトシはショウの胸に右のてのひらをあてる。
 その瞬間、胸にあてられたサトシのてのひらが青白い光の球体で包まれた。
 躰に直接作用する治癒系統の魔法に似てはいるが、まったく別物だ。しかも、魔法騎士(マジックウォリアー)として一通りの魔法体系は学習しているはずのショウが系統を判別できないものであった。

「青き鳥は()が炎を喰らいて鳴かん」

 サトシが、ショウの聞いたことのない呪文のようなものと唱え終えたかと思うと、青白い光の球体はパァッと閃光を散らし、幾筋もの光がショウの躰を射抜いた。
「うわぁっ!!?」
 ――しかし、衝撃を受けることはなかった。
 それだけではない。
 ショウがおそるおそる反射的に瞑った眼を開くと、さきほどまで目の前にいたサトシの姿さえもが消えていたのだ。
 彼がまとっていた外套は、主を失って地面に落ちている。
「どういうことなんだよ……何がどうなって……?」
「おい、ショウ」
 困惑の声をこぼしたショウに、タツヤもまた怪訝な表情と声色で呼びかけた。
「お前の肩に……青い鳥が止まってるんだけど」
「え……」
 ショウが慌てて首を捻ると、タツヤの言ったとおり、右肩に空の色を凝縮した青色の小鳥がちょんと止まっている。
《兄さん、ごめん……もう、人型を保つの限界で》
 姿が見えないサトシの声が耳からではなく脳裏に直接響いて、ショウは思わずきょろきょろと辺りを見回した。タツヤも同じような行動をしているので、この声が聞こえているようだ。
 “兄さん”と呼んでいるのは、もう1人の外套を着込んだ青年のことのようだった。
《うん、わかっとったよ。よう我慢したな、サトシ》
 同じく脳裏に響く声でサトシに返答した彼は、ゆったりとした動作で外套を拾い上げ、ショウとタツヤへ視線を合わせた。
「お騒がせしてすみません。僕はシゲル、その子はサトシと言います。きちんと説明はさせてもらいます……でも、人が集まってきては困るので、こちらへ」
 今は視界に人影はないが、すぐ傍に冒険者商店(ギルド・ストア)のあるこの場所はあまりに無防備すぎる。
 道を外れ木々の茂る林の中へ進んでいく彼のあとに、ショウとタツヤは黙って従う。
 ショウの肩に乗った小鳥は、美しい声でひとつ鳴いた。



 何の目印もなく深くなっていく林。もしかすると、国境の山すそに広がる森に突入しているのかもしれない。
 人の頭ほどの大きさの苔むした石がゴロゴロと地面に転がっており、群生する木々の密度は増し、大きな木が多く見られるようになっている。
 今まで速度を変えずに歩いていたシゲルが、ふっと立ち止まった。
「ちょっと待ってください」
 シゲルは適当な棒切れを拾うと、地面に何やら描いて呪文を唱えた。今度はショウにもわかる――魔法解除の呪文だった。
 ぐにゃりと空間が歪み、地面に高低差が現れたかと思うと、ゆるやかに傾斜した地面の先には、薄く平らな岩が天井代わりとなっている洞穴ができていた。
 幻術系統の魔法で空間を歪め、洞穴を隠していたのだ。
 洞穴の浅い場所にはたき火の跡が残っている。
「ねえ……あなた。シゲル、って言ったっけ」
 タツヤの呼びかけにシゲルが振り向く。
「俺たち、以前に逢ったことない?」
 シゲルは瞬きをしたあと、ゆっくりと表情に笑みを乗せた。
「うん……やっぱりそぉやんな? 僕もさっきから、そうちゃうかなぁと思ててん」
 敬語が砕けた彼の話し言葉には西方の訛りがあった。
 自信なさげだったタツヤの眼の色が、確信に変わっていく。
「俺がブルティア王国に滞在してるとき――王城の庭先で」
()うたね。少しだけ、話もした」
《僕は逢ってないよ、兄さん》
 頭の中にサトシの声が割り込んでくる。
「サトシが舞の披露をしてるときやったからね」
《……ずるい。兄さんはどんな宴の席でも、すぐ独りで抜け出すんだもん》
「そりゃあ、僕とサトシじゃ生まれが違うんやからしょうがないわ」
「……あ、あの、すみません。全然状況が掴めないんですけど……」
 おずおずとショウが口を挟むと、「ごめんなぁ、説明が先やわなぁ」とシゲルが苦笑した。
「立ち話も何やし、適当に座って。えーと……あぁ、名前もまだ聞かしてもらってへんかったっけ」
「俺はタツヤ。職業(ジョブ)戦士(ファイター)
「ショウです。まだ独り立ちしたばかりですが、魔法戦士(マジックウォリアー)です」
 シゲルはにっこりと微笑んだ。
「ありがとう。僕とサトシはブルティア王国出身で……特殊な生まれ故に、“ブルー・バード”と呼ばれてる者です」
「“ブルー・バード”!!」
 適当な石に座りかけていたタツヤとショウは、声をそろえて再び腰を浮かせた。
「シゲル、伝説の“青い鳥”って、もしかして……」
「巷では、宝物やら何やらって言われてるみたいやけど……“ブルー・バード”は、ブルティア王族の血筋に稀に生まれる者を指す呼称なんやわ」
「ブルティア王族……って、今は捕らわれてるんじゃ……」
 ブルティア王国の王族は侵略してきたブラッキス王国軍に捕らわれていると、先程耳にしたばかりである。
「捕らわれる前に逃してもろたんよ。僕もサトシも直系じゃないから、そこまで向こうに重要視はされとらんとは思うけど、いつかは追っ手がかかるかもわからんね」
 タツヤとショウはやっとのことで腰を落ち着けた。
 気を取り直してショウが訊ねる。
「それはあなた方が“ブルー・バード”だから、ですか? 何か特殊な力を持っているからとか……青い鳥の姿に変化するのも……」
「僕ら“ブルー・バード”自体に特別な価値はないんよ」
 そう言って、シゲルは外套を脱ぐと、ローブの襟ぐりをぐいと伸ばして自分の肩先が見えるようにした。
 そこには、羽根のような形に見える青痣があった。
「この痣を持って生まれてきた者が“ブルー・バード”と呼ばれるんやけど、他人と違うのは、食事の他に“幸力(エナジー)”って呼ばれるものを糧にしてるってことと、青い鳥に変化することができることくらいやね」
「“幸力(エナジー)”っていうのは、“魔力(マジック・パワー)”とはまた違うもの?」
「そうやね。“魔力(マジック・パワー)”は消費することで魔法を使うことができるけど、“幸力(エナジー)”は言うたら、僕らにとっては食べ物と同じことやから。“幸力(エナジー)”は人が幸福やと感じる気持ちから発生するもので、人と触れ合うことでそれを分けてもらうんよ。体内の“幸力(エナジー)”が少なくなると人型でいられなくなって、鳥の姿になる」
《僕はまだ、兄さんみたいにうまく“幸力(エナジー)”を体内で調節できないから、よくこうなっちゃう》
「“ブルー・バード”っていうのは、本来はそれだけの存在なんよ。あとは何も変わることなく、生涯を全うする。――だけど僕らは、国の滅亡に立ち会ってしまった」
《ブルティア王国では、『国が滅する時、青き鳥飛び立ちて火炎の心を求めん。火炎の心を持つ者、青き鳥に力を与えて国を救わん』と言い伝えられてて……》
「僕らは火炎の心を持つ者――“心炎(フレイム)”を見つけ出し、国を救うために逃がされたっていうことやね」
「で……その“心炎(フレイム)とやらが、もしかして俺たちのことなの?」
 タツヤの言葉にシゲルはこっくりと肯き、ショウの肩では青い鳥が一声鳴いた。
《ショウ君が僕の“心炎(フレイム)”で、タツヤさんが兄さんの“心炎(フレイム)”だよ》
「ちょ、ちょっと待って……え、と、サトシ君? どうしてそんなことわかるの? タツヤさんは冒険者として経験を積んでるけど、僕はまだ全然……」
《だってショウ君、僕の声、聴こえてるでしょう? 普通はね、鳥型になった僕らの声は聴こえないんだよ》
 タツヤが「そうなの?」と訊ねると、シゲルも肯定の返事をした。
「じゃあ……サトシ、ひと通り説明もしたし、人型に戻らせてもらい?」
「えっ……戻れるんですか?」
 シゲルはたぶんな、と答える。
「さっき、サトシが君に唱えた文言……あれは“青い鳥”と“心炎”が一体になるための誓約やったんよ。それが成功してるとしたら……僕らは自由に人型と鳥型になれるはずやねん」
《じゃあやってみるね》
 青い鳥がショウの肩から地面に舞い降りる。
 そして数秒もしないうちに、青白い光に包まれた鳥の姿がぐんぐんと大きくなって、ショウの目の前には人型をしたサトシが立っていた。
「スゴイ、本当に戻れるんだぁ……」
 サトシは感慨深げに、てのひらを握ったり開いたりを繰り返している。今までは、一度幸力(エナジー)が足りなくなって鳥型になってしまうと、人型になれるまでには最低10日ほどかかったのである。
「タツヤ。僕も、タツヤと誓約を結んでもえぇかな?」
「いいよ。どうぞ?」
 タツヤが立ち上がって両手を広げると、シゲルが歩み寄ってその胸にてのひらをあてる。
 サトシのときと同じように、てのひらが青白い光の球体で包まれた。

「青い鳥は()が炎を喰らいて鳴かん」

 今度はサトシのときとは違って、タツヤの体内から小さな青い光の粒が湧き出てきて、シゲルのてのひらを包む球体へと吸収されていく。
 球体がひとまわりほど大きくなると、シゲルはそのてのひらを自分の胸へあてた。
 すると、青白い光はシゲルの躰の中に取り込まれていった。
「サトシのときとは違うんだね」
「うん。大雑把に言うと放出系と吸収系っていう2タイプになるんやけど、サトシは放出系で僕は吸収系やから」
 一度は笑顔を浮かべたシゲルだったが、すぐに神妙な顔つきになってタツヤとショウを見た。
「僕らはブルティア王族の端くれやし、“ブルー・バード”として生まれたからには覚悟もできとるけど。タツヤとショウは、本来何の関係もないのに巻き込んでしまう……。でも、僕らの力になってほしい。僕らと、ブルティア王国を助けてほしい。……お願いします」
 ぺこりと深く頭を下げたシゲルに続けて、サトシも立ち上がって「お願いします」と頭を下げた。
「シゲル、サトシ、頭上げてよ。正直、何処まであなたたちの役に立てるかわからないけど……幸い俺はギルドに属してないから自由に動けるし。それが俺らに与えられた運命なら、精一杯やるからさ。な、ショウ?」
「俺こそ……冒険者としてすらまだ経験がなくて、本当に頼りないと思いますけど……力になれるのなら」
 顔を上げたシゲルとサトシは、安堵した様子で表情をほころばせた。
 タツヤはシゲルへ向けて、すっと右手を差し出す。
「これからよろしくな。シゲル――俺の“ブルー・バード”」
 シゲルはにっこりと微笑んでその手を取った。
「ありがとぉ……よろしく、タツヤ」
 それを見ていたサトシが、同じようにショウへ手を差し出した。
「僕も、知らないことが多くていろいろ迷惑かけると思うけど……よろしくね、ショウ君」
 ショウもしっかりとその手を握り返した。
「よろしく、サトシ君。未熟者だけど、役に立てるように頑張るよ」


 青き鳥は何処(いずこ)へ向かう

 火炎の心が導きし地へ……



2010.12.13




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