A jack-in-the-box 





   

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@.毎年恒例の。


 ボリ、ボリ、ボリ。
 煎餅をかじりながら、タツヤの視線はぼんやりと壁にかけられた暦に向けられている。
 此処は本来シゲル個人の部屋なのだが、どうやらタツヤは自分の寮の部屋よりもこちらに入り浸っている方が多いようである。そういうマサヒロも、勝手知ったるふうにグリーン・ティーなど淹れているわけだが。
 部屋の主であるシゲルは、図書室にでも行っているのか、姿はない。
「そろそろだな……」
 ぼそりと呟いたタツヤの声にマサヒロが「何が?」と返すと、タツヤは一口グリーン・ティーを啜ってから答えた。
「シゲの誕生日」
「ああ、そうだよね! 兄ィ、何かプレゼントあげたりしてるの?」
 楽しい話題であるはずなのに、タツヤの表情は憂鬱げだ。
 マサヒロの質問には答えず、タツヤは小さくため息を吐く。
「……どうしたの?」
「お前、1回は見たことあると思うんだけど。シゲの誕生日にやたら張り切って、乱入してくるヤツ……」
 確か、シゲルとタツヤが学園へ入学する前の年に、シゲルのための小さなパーティーにマサヒロも呼んでもらった。
 シゲルの両親と、タツヤと、マサヒロと。
 そしてあと一人。あとからやって来た――……
「え……まさ、か?」
 半信半疑の問いかけに、タツヤはこっくりと深く肯いた。
「そのまさか、だ」
「えっ、そんなの、無理でしょ!? だいたい“あの人”、軽々しく外出できるような人じゃ――」
「大人しく規律を守ってるようなヤツでもないだろ」
「でもっ……ホ、ホントに……此処まで祝いに来たりしたわけ……!?」
 そのとき、ドアをノックする音とともに、「シゲル君、いる?」というタイチの声がした。
「シゲはいないけど、俺とマサヒロがいるぞー」
 当たり前のようにタツヤが応答すると、タイチがドアを開けて入ってきた。
「まだ戻ってなかったら図書室かな……。俺も待たせてもらおーっと」
 そして、タツヤの向かい側のソファに腰かけ、「マサヒロ! 俺もグリーン・ティー!」と注文する。
「ああ、そうだ。マサヒロ、此処に証人がいるぞ」
 タツヤがタイチを指さして言う。
「何の話?」
「シゲの誕生日の話。去年、目撃しただろ? タイチ」
 ああ、と小さく首を振り、タイチは遠い眼をした。
「まさか、ねェ……一国の世継ぎの皇子殿が、こんなとこまでやってくるなんて思わないよね……」




A.過去の仕業いろいろ。


「ホントなんだ……」
 呆然としながらも、マサヒロはタイチのカップにグリーン・ティーを注ぎ入れる。
 タツヤはというと、不満を露わにした表情だ。
「だいたい“アイツ”はいつもそうなんだよ! 国にいたときだって、守り役を撒いてまで城を抜け出してきて、俺とシゲが一緒に怒られたこともあったんだからな。それを性懲りもなく……」
「去年は確か、お忍びって格好取ってたけど、正式な公務訪問だったんでしょ?」
 タイチの手が伸びて、木皿の上から煎餅を一枚さらっていく。
「公務でッ!?」
「“アイツ”のことだから、何か小難しい理由なんかつけて無理矢理捻じ込んだんだろ。その前の年が、側近だけつれての個人的な訪問で許可取ってなかったから、さすがに絞られたみたいだし」
 頭の良さを何に使ってんだか、とタツヤは舌打ちをした。
 〈テンム国〉において、シゲルが強い力を持つ〈能力者〉として英才教育を受けてきたのと同様、彼は、一国を背負う為政者となるべき教育を幼い頃から叩き込まれている。
 タツヤからしてみれば、同い年とはいえ、この二人の頭脳にはとうていついていけないと、嫌と言うほどわかっている。
 パキッ、ボリボリボリ。
 煎餅の欠片を飲み込んだタイチが、タツヤに眼を向けた。
「でもさぁ。シゲル君、すごく嬉しそうだったよね?」
 その瞬間、タツヤの笑顔が綺麗に固まった。
 マサヒロは彼の背後にブリザードを見た。心なしか、体感温度が下がったようにさえ感じる。
「タ、タイチ君ッ、命知らずな発言やめてよね〜っ!?」
「俺が見てそう思ったんだよ。正直に感想述べて何が悪い?」
 開き直るタイチの向かいで、タツヤは両手を組み合わせてボキッボキッと音を鳴らしている。
「フッ……やっぱり一回、真剣勝負で“アイツ”を負かさねぇと気が済まねぇな……」
「ほらあっ、タイチ君ッ! 兄ィが物騒な発言してるじゃない!!」
 マサヒロの悲鳴もどこ吹く風。
 タイチは、タツヤの台詞の他の場所に引っかかったようだった。
「……“あの人”を負かしたことがないの? 武芸一般S評価のタツヤ君が?」
 それは更に、タツヤの笑顔を凍りつかせることになった。
 学園における成績評価はS(秀)A(優)B(良)C(可)F(不可)の5段階評価であり、タツヤは特に、武芸一般では他の追随を許さぬほどの腕前なのである。
「俺とはタイプが違うんだ。優雅に見せかけて、頭を駆使して巧く嫌なところ突いてきやがる……」
「ああ、タツヤ君が苦手っぽいタイプだね」
 さらっとそんな発言をしたタイチを、タツヤは一睨みしたもの、否定はせずにため息を零した。
「とにかく。そんなわけだから、絶対“アイツ”は今年も、シゲの誕生日に乗り込んでくるはずなんだよ」
 



B.ジョーカーの正体は。


「うーわ!! 最ッ悪だこのスケジュール!!」
 このときばかりは、“彼”は素の状態で思いっきり声を荒げた。
 急を要する公務の報せを携えてきた家臣はビクリと背中を硬直させたが、皇子の目付役に「気にせず退出してよい」と言われてそそくさと出て行った。
「今年は無理そうですねぇ、皇子」
 むっつりと黙り込んでしまった“彼”は、年相応の少年らしい表情をしている。
 将来の為政者として特別に教育されている“彼”には、もちろん広く冷静な眼が必要であるし、自分で自分の感情をコントロールすることも憶えなければならない。
 “彼”は充分すぎるほどに、それらを身につけている。
 だから目付役は、こうして“彼”がただの少年に戻る瞬間を見て、とても安心するのだった。
 そして、いくら頭の良い“彼”が策を練ろうとも、“彼”が特別楽しみにしている日の日程がどうしても動かせないであろうことをわかっていた。
「仕方ねぇよなぁ……。だってこれ言い出したの俺だし……しかもこの視察の許可下りるまでどれだけかかったかを思えばなぁ……。国皇(ちちうえ)の予定も合わせてのことだろうし……。あーだけどッ、よりによってシゲル君の誕生日にぶつけてくるなんてありえねーだろぉー!?」
「先方が、シゲル様の誕生日を知っているはずはありませんからねぇ」
「んなことわかってるよ!」
 大きく息を吐き出した“彼”は、三日間にわたる隣国への視察スケジュールにざっと眼を通して頭に入れ、朱印を押した。
「それはそれで……どうやってシゲル君の誕生日を祝うか考えないとな……」
 目付役はにっこりと微笑んだ。
「何か用意するものなどがありましたら、私の息子に言っておきますので、遠慮なく申しつけてください――マサヒロ皇子」
「あいよ。頼りにしてるぜ、キムラ春宮傅(とうぐうふ)」
 “彼”――テンム国の第一皇子であるマサヒロ・ナカイ・テンムは、悪戯好きの幼子のような満面の笑顔を浮かべたのだった。




C.お届けものです。


『シゲル君(シゲ)、Happy Birthday!!』

 四人の声に続いて、シゲルが蝋燭の火を吹き消した。
 ――と、部屋の灯りがひとつずつ、ぽっ、ぽっと灯っていく。まるで自らの意志でそうしているかのように。
 視界に明るさが戻って露わになった、白いクリームの上にフルーツがたっぷり飾りつけられたケーキはマサヒロのお手製である。
 ちなみに、タイチは甘いケーキは食べないので、ガラスの器に入ったフルーツ盛り合わせが前に置いてあった。
「それにしても、学園長室でパーティーって……。まさかとは思うけどさぁ、他にこんなことできる人って……」
 呆気に取られた様子で呟くマサヒロに、タイチが肩をすくめる。
「いるわけないだろ。シゲル君だから、だ」
 確かにシゲルから、学園長とはちょっとした知り合いなのだと聞いてはいたけれど。ちょっと、どころではないようだった。
「マサヒロ、ケーキありがとぉな。美味しそうやなぁ、食べるの楽しみやわ」
「あ、シゲル君、俺切り分けるから……」
「おいおいマサヒロ、ケーキは後だろ。先にメシ」
 ナイフを手に取ろうとしたマサヒロを、タツヤが止めた。
 しかし、立派すぎる細長い食卓の上にあるのは、ケーキとタイチのフルーツだけである。料理の準備はしなくていいと聞いていたから、マサヒロはデザートしか作っていない。
「兄ィ、メシって……」
「シゲ、よろしく」
「ん」
 シゲルがパチン、と指を鳴らすと。
 たちまち、食卓には豪勢な料理の数々がどんっと現れた。
「えーっ!? 何コレっ!?」
「学園長からシゲへの誕生日プレゼント、なんだとさ。毎年こうなんだよ」
 食べ物を前にしたタツヤの眼が輝いている。
 シゲルはそんなタツヤを横目で見ながら微笑んで、「じゃあいただこか〜」と言った。


 デザートもお腹に収まり、食後の紅茶に差しかかる頃。
「……今日は来ないみたいだね」
 と、タイチが言った。
 もちろんそれは、毎年なんだかんだ言ってシゲルの誕生日に訪れていた、テンム国第一皇子マサヒロ・ナカイのことである。
「ナカイちゃん忙しいやろからなぁ……」
 皇族のファースト・ネームはごく親しい人間にしか公開されないため、第一皇子の通称はナカイ皇子という。シゲルはファースト・ネームも知るうちの一人なのだが、公私共に「ナカイちゃん」という呼称で通している。
 淋しげに呟くシゲルの隣で、タツヤは「だいたいこれまでが普通じゃなかったんだよ……」とこぼしていた。
 その時――
 コンコン、と扉をノックする音に続いて、こんな声が聞こえた。

「すみませーん。シゲル・ジョーシマさんへお届けものでーす」




D.びっくり箱でお祝い。 


「お届けもの?」
 4人は不審な表情を浮かべて顔を見合わせた。
「ナカイちゃんからかなぁ?」
 期待も込めてさっと立ち上がったシゲルを押し止めるようにして、タツヤもまた立ち上がる。
「アイツのことだから、何か変なトリックとかド派手な仕掛けとか用意してそう……。俺が出るよ」
 タツヤが警戒しながら扉を開けると、シゲルの眼の色とよく似た翠色のリボンがかかった150cm四方くらいの大きな白い箱が、床から少しだけ浮いた状態で存在していた。
 箱を届けてくれた事務員は〈風〉属性の能力者らしく、そのまま風を操って部屋の中まで箱を運んでくれた。
 そしてシゲルに、一緒に届いたという封書を手渡す。
 見るからに上質な透かし模様の入った封筒に、テンム国の国章を象った紫色の封蝋。そしてシゲルにとっては見慣れた筆跡。
「やっぱり、ナカイちゃんや」
 シゲルが封筒から取り出したのは、誕生日を祝うカードだった。

 シゲル君、Happy Birthday!
 どうしても外せない国務が重なっちゃって、今年はお祝いに行けないんだ。ゴメンな!
 プレゼント、喜んでくれるといいんだけど。
 また国に帰ってきたら遊びに来てよ!

 そしてカードの右端には、ナカイ・テンムのサインが記されていた。
「嬉しいなぁ。こんな大きい箱……何が入ってるんやろ?」
 相好を崩すシゲルとは正反対に、タツヤはややふて腐れ気味。マサヒロはタツヤの様子を心配しておろおろしているが、タイチは去年の顛末を知っているので、タツヤの不機嫌も仕方がないと諦めている。
「タツヤ、リボン解きたいから、そっちの端っこ引っ張ってくれる?」
 うきうきと声を弾ませるシゲルを前にしたら、タツヤも意地を張り続けることはできないので、素直にリボンの端を手にした。
 シゲルはもう片方のリボンの端を持ち、「せーの、で引っ張ってや?」とタツヤに念を押す。
「わかったよ。でも何飛び出してくるかわかんないから気をつけてよ?」
「大丈夫やって。……いくで? せーのっ」
 シゲルとタツヤが同時に腕を引き、シュルルッ、と紫色のリボンが解ける。
 その瞬間、パタッと箱の側面が倒れ、霧のシャワーとともに色とりどりの花が吹き出して降り注いだ。
「わぁ……っ」
 シゲルは感嘆の声を上げる。
 たちまち学園長室は芳潤な香りに包まれ、床には花のカーペットが敷かれた。
 ナカイにしては珍しい趣向だが、シゲル好みだなと考えていたタツヤは、大きな箱の中にもう一つ小さな箱があるのに気づいた。
「シゲ、もう一つあるみたいだけど?」
「あれ、ほんまや……」
 シゲルがその中から取り出したのは――
「あっ!! これ、僕がずっと読みたいと思ってた神話の本……。写本でもすごい希少価値があって手に入れられへんのに……! うわぁ、ナカイちゃんありがとぉ〜」
 ロマンチックな花の演出よりも、殺人的なほど分厚い本。
 さすがナカイは、シゲルの性格をよくわかってプレゼントを選んでいた。
「……しばらくは本の虫だね、あの調子じゃ」
「何だかんだ言って、持ってかれちゃうんだよねやっぱり……」
「ま、割り切るしかねぇな。……あれは絶対寝食忘れて読み耽るだろうから、気をつけとかないと」
 三人三様、複雑な気持ちがあったりなかったり、けれどもやはり彼からの祝いがないと張り合いがないと感じてしまうのも事実なのだった。

 今年の騒動はこれで終わりと思いきや、国務の外遊を終えたナカイ皇子が「やっぱりシゲル君に逢いに行く!」とストームを訪問し、もう一波乱起こったり……というのはまた別の話。
 


 fin.


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