き み の い な い 世 界

  お題配布元:0-field.(少し不思議で5つのお題)


   

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i. きみのいない世界


「あ」
 たくさんのお祝いメールが届いた携帯電話の受信メール画面をスクロールしていたら、差出人が【リーダー】となっているメールが1件、あった。
 もちろん、メンバーからのお祝いメールも届いているけれど。(こういうことにはまめな山口くんとか、松岡とか)
 リーダーのお祝いメールが誕生日当日に届くのは、珍しいような気がした。
 メールより、数日後れでも、プレゼントと一緒に直接「おめでとう」と言ってくれることが多い。
「今年はどんな風の吹き回しなんだか」
 そんな独り言をこぼしながらも、やっぱり、ちょっと嬉しい。
 そう思いながら、携帯電話のボタンを押したのは憶えている――。


「太一!」
 はっと我に返ると、目の前には山口くんの顔があった。
 ――それは間違いなく山口くん、なんだけど。
 俺が知っている39歳の山口くんじゃなくて……20年ほど前の、美少年然とした山口くんだ。
「山口、くん?」
「寝惚けてんのか、太一? もうすぐリハ始まるぞ、目ぇ覚ましとけよ」
 大らかに笑う山口くんの背後に、ひょろっとした人影がふたつ。
「もう、兄ィってば! 太一くん疲れてるみたいだから、もうちょっと寝かせてあげようって言ってたのに!」
「あ、太一くん、太一くん! ダンスの振り見てください!」
 成長期真っ只中で縦にばっかり伸びている、まだ幼い顔立ちのふたりは、松岡と長瀬だ。――ただし、こちらも約20年前の。
(何だコレ……俗に言う、タイムスリップってやつなのか!?)
 目の前で繰り広げられている非現実的な状況は、そうとしか考えられなかった。
 驚いてはいるんだけど……頭の片隅は、冷静に現状を分析していた。
(この感じ……CDデビュー前だな。だけどTOKIOは結成されてる。……ダンスもしてた頃、か。そういえばさっき、長瀬がダンスの振りがどうこう言ってたし……)
 そのとき、楽屋のドアがノックされてスタッフさんが顔を出し、「リハ始めますのでお願いしまーす」と言いにきた。
 わからないことだらけでも、仕事と聞けばピンと神経が尖る。
 とりあえず、目の前の仕事をきちんとこなさなければ。……問題は、心は37歳(になったばかり!)の俺が、ちゃんとダンスの仕事ができるのかということだけれど……。
「いけるか、太一?」
「うん、大丈夫」
 ぱちん、と両手で頬を挟んで立ち上がる。
 ちらっと鏡に映る自分の姿を見てみたら、そこに映っていたのはやっぱり、約20年前の俺だった。
 ならば、体が憶えてくれているだろう。
 山口くんの後に続いて廊下に出る。
「太一く〜ん、リハ前に振り見てくださいね!? 俺、自信ないんですよう」
 のしっと背中に長瀬が乗ってきたのだが、「あれ、思ったより軽いな」なんて感じてしまった。
「お前は練習不足だろ、長瀬っ! 兄ィがあんまり厳しく言わない人だからって、うつつ抜かしてたら駄目なんだからな!?」
「うう、耳が痛いですマボ〜……」
 確かに、山口くんは昔から、他人に対してあまり口出しをする人ではなかった。
 だけどその代わりになる人が――山口くんと対になる人物が、必ず隣にいたではないか。
「お前、リ……じゃなくて……茂くん、に、叱られなかったのかよ?」
 この頃はまだ、“リーダー”という呼び名は定着していなかったはず、と思って言い直した。
 けれど。
 長瀬から返ってきたのは、残酷なほどに真っ白な質問だった。

「……何、言ってんスか太一くん? しげるくん、て……誰ですか?」



A. 笑わない道化師


「何って……お前ッ……」
 長瀬の表情、声の調子から、それが本当に“まったく知らない事実”なのだということが明らかで、俺は動揺を隠し切れなかった。
 何で。何で。
(何で、リーダーがいないのにTOKIOが成り立ってるんだよッ!?)
 TOKIOのすべてのはじまりは、あの人でしかありえないのに。
 TOKIOという名前をもらって、何より嬉しかったと語るあの人の表情を、こんなにも鮮明に憶えているのに――!
 そのとき、松岡が横から口を挟んだ。
「しげるくんて……太一くん、城島くんのこと言ってるの?」
 しかしその表情は、不可解そのものだった。
「太一くん、あの人のこと、どうしても好きになれないとか言ってたじゃない? ……いつの間に、仲良くなってたの?」
「いや……仲良くなった、わけじゃ……」
 俺の頭は必死に回転して、この世界での状況を理解しようとしていた。
 ――城島茂、という人間は存在しているけれど。
 どうやら、彼はTOKIOのメンバーではない……らしい。
「ただ……ほら、あの人だいぶ年上だし。そういうの注意したりとか……」
 TOKIOが結成されているとはいえ、まだデビュー前だからJr.の一員だ。Jr.の中でも年嵩のリーダーが、長瀬を注意することも……ありえない話ではない、はずだ。
「あー、ないだろそれは」
 前を歩いていた山口くんが振り返って言った。
「あいつ、すっげー無口だし、自分のバンドのメンバーとしか一緒にいないし、関わり少ないじゃん。俺らのことなんて気にするわけないよ」
 山口くんのしかめっ面には“リーダーに対して無関心です”と書かれてあって、それもまた俺にとって大きなショックだった。
(松岡……お前が言ってたこと、今更すっげー沁みるわ……)
 いつか松岡が、「リーダーと兄ィが仲悪くしてると、親の喧嘩見てるみたいですごく気まずくなる」という話をしていた。
 あの二人は、一緒にいて当たり前なのだ。
 そんなこと、疑ったことすらなかったのに……。
 こうして、全く接点のないリーダーと山口くんを見せつけられて、俺はずしんと心が重くなってしまった。


 スタジオに入ると、見覚えのある顔がいくつもある。どうやら、いろんなJr.がパフォーマンスをする類の番組のようだ。
 わらわらと待機しているJr.達の中に、ギターを抱えたリーダーの姿を見つけた。
 収録前だからさすがにビン底眼鏡は外しているけれど、長めの重たい髪が表情を翳らせている。
 リーダーの傍には、ふたつの人影がある。
 ベースを持ったリーダーと同じ歳くらいの青年と、ドラムスティックを手にしたひょろりと背の高い少年。彼らの後姿は、どことなく山口くんと松岡を彷彿とさせた。
 でも――リーダーの表情には、笑みというものがまったくなかった。
 仲間と一緒にいるときも。
 パフォーマンス中も。
 リーダーは、39歳の山口くん曰く“すかした表情”を片時も崩さなかった。
 スタッフさん達に「お疲れ様でした!」と挨拶するときはさすがに笑顔をつくっていたが、それは、俺には一目で作り笑いと判断できるもので。
 俺は、バンドメンバーに挟まれて遠ざかっていくリーダーの背中に向かって、問いかけていた。

 ねぇリーダー。
 ……あぁ、此処では“リーダー”じゃないか。

 茂くん。
 大好きなギターを弾いてるってのに、アンタ、全然楽しそうじゃなかったね。

 その場所は、本当に――アンタが望んで手に入れた場所なの?



B. 鏡の向こう側


 ダンスの仕事は無事にこなせたものの、俺の憶えているのとは違う“過去”らしき場所に気を張っていたからか、ぐったりと疲れてしまった。
「珍しいっスね〜、太一くんがバテてるなんて」
 邪気なく笑う長瀬に蹴りを入れてやろうかとも思ったが、それも億劫でやめた。
 テレビ局から最寄りの駅まで四人で歩いて行き、長瀬とはそこで別れた。長瀬は実家通いのようだ。
 デビュー前というと、俺と山口くん、松岡の三人は東さんの家に住まわせてもらっていたこともあるのだけど……二人が迷いなく辿る道順は、寮への帰り道を示していた。
(寮に帰るんだったら、リーダーもいるんじゃ……)
 そう思うと、また何だか気分が落ち込んできた。
「太一くん、調子悪そうだけど大丈夫……?」
 松岡が気遣わしげに声をかけてくれるのに、笑顔をつくって答える。
「大丈夫だよ、ちょっと疲れただけだから」
「無理はすんなよ、太一」
 やわらかい山口くんの声のあとに、本当なら――

 (しっかり休んで疲れとりぃや、太一)

 ぼそりとした関西弁の呟きが、あるはずなのに。
 ……やっぱり、二十数年の付き合いは伊達じゃないね、リーダー。
 リーダーがいないだけでこんなにも、ぽっかりと物足りないよ。


 その日の夜中、俺はふと眼を覚ました。
 一度ぐっと睡眠を取ったからか、疲れはだいぶん取れているようだった。
 喉の渇きを覚えたので、寝ている山口くんや松岡を起こさないように気をつけて寝室を出る。
 キッチンの冷蔵庫を開け、共用だと思われる一リットルのペットボトルからスポーツ飲料をコップに注いでいると、廊下の方からひそやかな足音が聞こえた。
 思わず手を止めて振り返ると――そこには、リーダーの姿があった。
「あ、えっと……まだ、起きてた……の?」
 敬語を使った方がいいのかなとも思ったけど、今更リーダーに対して敬語とか、どうしても違和感があるし。どうせ俺は不遜な奴だとか思われてたんだから、まぁいいか……。
 ビン底眼鏡をかけたリーダーは俺の横を素通りし、500ミリリットルのミネラルウォーターのペットボトルを冷蔵庫から取り出した。
「……歌詞、書いてた」
 ともすれば聞き漏らしそうなほど小さな声で、ぼそりとリーダーが言った。標準語を意識したイントネーションで。
「あ、そうなんだ……」
 ……そういえばこの人は夜行性なんだった。
 目の前にいるのは“城島茂”なんだけど、俺の知ってる“リーダー”じゃない。
 そう思うと、何だか居心地が悪くて、俺はスポーツ飲料をぐいと飲み干した。早く部屋に戻ろうと思ったのだ。
「……ベース、弾けるんだって?」
 一瞬、それが俺に向けられた質問だとは理解できなかった。
 たっぷりと間を空けてから、「……俺?」と自分を指させば、他に誰がおるんやこの空間に、という顔をされた。
「一応、やってたけど……」
 何で知ってるのと聞いたら、よく聞き取れなかったけど誰かに訊いた、というようなことを言っていた。バンドのメンバーか誰かが言っていたのだろうか。
「でも俺は――」
 そこで唐突に気付いた。

 ――この世界に存在する俺は、キーボードなんて弾けないことに。

 思い知る。……此処が俺がいるべき場所ではないことを。



C. 可能性って絶望だよね


 何てことだろう。
 俺は何で、こんな簡単なことに、今まで気づいていなかったんだろう。

 “城島茂”という人物抜きでは、俺の知るこの37歳の、TOKIOのキーボディストである“国分太一”は存在しないのだ。

 ソリが合わなくて、お互いが冷戦ばりの険悪さを振りまいていた過去。
 だけど俺は一度だって、TOKIOを辞めたいと思ったことはなかったんだ。
 リーダーには山口くんがいたから、ベーシストとしての席はなくて。
 独学で学んだキーボード。

 それは、リーダーから始まったTOKIOが在ったから。
 ――リーダーが、いたから。

 少しずつ、メンバーの作った楽曲も作品として発表できるようになってきて。
 俺の書いた曲に、初めてリーダーが歌詞をつけてくれた――あの曲。
 見事に旋律を乗りこなし、リーダーらしい言語感覚がもろに発揮された、長瀬の声によく合った歌詞。
 出来映えに感嘆しながらも、俺は――もっともっと、リーダーの魅力を引き出せるような曲を書いてやりたいと、闘争心を燃やした。

 もともと曲を創るのは好きだった。
 だけどそれを更に燃え上がらせたのは、他でもない、リーダーの存在だ。

 この世界では。
 俺の心を打ち振るわせたたくさんの出来事は、一欠片だって望めないのだ。

 だってすべての可能性は――“城島茂”と“国分太一”が、“TOKIO”という同じグループに所属してはじめて生まれるものなのだから。

「……ハハ……何だよそれ……」

 いつしか当たり前だと思っていた、キーボードを弾きこなす自分の姿。
 ……リーダーがいないだけで、根底から崩れ去ってしまう。
 すべて当たり前なんかじゃないんだ。
 リーダーの隣という席を誰にも譲らない、一番の相棒であり理解者である山口くんも。
 リーダーに心酔し、何でもかんでもリーダーに結びつけなきゃ気が済まない松岡も。
 リーダーに対して反抗期まであったという、TOKIOと共に育ってきた長瀬も。
 すべてが。

「……たい、ち?」

 城島茂であってリーダーでない目の前の彼は、困惑気味に俺の名前を呼ぶ。
 俺は大袈裟にため息を吐いてみせた。

「何か悔しいけど。……アンタがいなきゃ、俺の人生成り立たないみたいだよ」

 そう言って俺は、リーダーの手首を掴んだ。



D. かえろう?


 リーダーは怯えるようにして手を引こうとしたけど、俺は気づかないふりをして更に力を込める。

「かえろう?」

 唇は無意識にそう呟いていた。
 リーダーは困惑した眼で俺を見つめている。
「かえろう、茂くん。俺たちのリーダーに、かえろうよ」
「……なに、わけわからんこと……」
 リーダーの口からこぼれた、関西弁。
 俺たちと一緒にいて、東京での暮らしも長くなって、純粋な関西弁ではないとリーダーは言うけれど。
 やっぱり、リーダーが関西弁を喋っていると安心する。
「わけわかんないままでいいから。俺と一緒にかえってほしいんだ。――俺たちがいるべき場所(せかい)に……」

 帰ろう。俺と一緒に、皆のもとへ。

 還ろう。ただの城島茂じゃなくて、“TOKIOのリーダー・城島茂”に。
 そうしたら俺も、“TOKIOのキーボディスト・国分太一”になれるから。

 もといた世界で、再び。
 ――孵ろう。


「…………あ、れ?」
 まるで、真っ暗闇にパッと灯りがともったように――俺の眼に映ったのは、見慣れた自分の部屋だった。
 手には、携帯電話を握ったまま。
 つい一瞬前まで、この手でリーダーの手首を掴んでいたと思ったのに……。
「……んなわけないよな」
 やけにリアルな夢だった。
 いや、うたた寝をしていたわけではなさそうだから、夢とも呼べないのかもしれない。
 本当にタイムスリップなんてするわけがないし。
 脳が見せた一種の幻覚のようなものか。
「あ〜……無駄に疲れた……」
 携帯電話を閉じようとして、そういえばリーダーのメールの内容を確認していなかったことを思い出す。
 差出人【リーダー】のメールを開く。
 そして俺は、間抜けな声を上げてしまうことになる。


 Happy Birthday 太一!
 僕をかえしてくれてありがとう。
 “88の先の響き”をありがとう。
 これからもよろしく。
 


 fin.


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