幸せの在り処
「明後日、長瀬の誕生日なんだってさ」 昼休み。昼食を片手に中庭に向かう道すがら、太一がまるで「明後日晴れなんだってさ」と同じトーンでそう言った。 達也は「へえ」で終わったのだが、昌宏はそうではなかった。 「え、そうなの!? 何であいつもっと早くに言わねぇんだよっ」 明後日じゃろくな準備できねぇじゃんかよ、と呟く昌宏を見て、太一と達也はよもやと顔を見合わせる。 「なぁ松岡、おまえもしかして――」 「誕生日祝いしようとしてる、とか?」 え、と一瞬動きを止めた昌宏は、ばつが悪そうにこめかみのあたりを掻いた。 「あぁ……ゴメン、何か先走っちゃって。俺はそういうの好きなんだけど……皆がそうとは限らないよね」 しゅんと項垂れた自分より背の高い松岡の背中を、達也がパンと叩いた。 「バカ、誰もしねぇとは言ってないだろ? いいじゃん、松岡の特製料理ふるまってくれるんだろ? 当然肉だな! それなら俺も長瀬も大歓迎だって!」 「俺もいいと思うよ。ただ、ケーキとか焼くのは構わないけど、俺甘いもの苦手だから。そのへん考慮しろよ、松岡」 「……一応主役は長瀬のはずなんだけど」 ここぞと自分の主張もしてくる年上の2人。 だけどせっかくなのだから皆で楽しめる食事メニューがいいだろうと、昌宏は2人の意見も踏まえることに決める。 「ああ、そうだ。松岡、ついでだからあの人も一緒に祝ってやってよ」 「……あの人?」 訊き返した昌宏だったが、達也の口から発せられるであろう人の名の予想はついていた。 「しげ。あの人も11月生まれなんだよ。11月17日」 話題に上った2人は、その頃中庭にいた。 「ねえ、リーダー」 木製のテーブルに置いた重量感のあるコンビニ袋から弁当を取り出しながら、智也が向かい側に座る茂を呼んだ。 夏は、このテーブルの位置はちょうどよい木陰になっていたのだが、秋の深まった今は色づいた葉が地面に散ってしまっている。けれども、この場所が昼食を摂る場所として定着しているので、今更別の場所にしようという気持ちはなかった。 「何やぁ、長瀬」 茂の前には弁当箱の包みが置かれている。 「リーダーが元・ 茂はわずかに眼を見張ったものの、ひとつ息を吐いて落ち着いた声音で問い返す。 「そんな話、何処から聞いてきたんや?」 「……太一くんもマボも知ってることです。何で隠すんスか? マボは、リーダーが話してくれるまで訊くなって言うけど、俺は……」 「隠してるんとちゃう、言うても意味がないから言わへんだけや」 智也の言葉を、茂はピシャリとした声で遮った。 ニッポン国の首都・トーキョー。 栄光と陰謀が渦巻く都市。 其処には、一般の国民には決して知られることのない機関が存在する。 政府が秘密裏に組織するその機関に所属するのは、少年少女たち。 日中は学校に通い、ありふれた学校生活を送っている彼らは、ひとたび機関からの依頼を受ければ闇をまとって人を殺める。――それが 山口達也と松岡昌宏。 国分太一と長瀬智也。 この2人1組のペアが、その ペアは基本的に、秘密機関から支給されたアパートの部屋で共同生活をすることになっている。 そして世間に埋もれ、“ごく普通の学校生活”を送ることを義務付けられている 彼らを統率・監視する役割を担うのが、その秘密機関内の独立組織・セントラルである。 達也が「しげ」と呼ぶ、彼と同じく3年に所属する城島茂は 智也はむっと口を尖らせた。 「意味ないなんて、何で自分で決めつけるんスか。聞いてみなきゃわかんないです、そんなの」 茂はじっと智也を見やったが、その唇が動くことはなかった。 達也、太一、昌宏の3人が中庭に到着したからである。 「長瀬、リーダー! 明後日はパーティーやるからね!」 いきなり松岡からそんな台詞を言われ、2人はそろってきょとんとした。 「パーティー?」 「え、マボ、何のパーティー?」 太一が笑って口を挟む。 「お前、明後日が誕生日だって言ってたじゃん。リーダーも誕生日が11月なんだって、だから2人の誕生日パーティーだよ」 「えッ、ホントに!?」 マボがご馳走作ってくれんの、すげー楽しみ、やったー!! と子どものようにはしゃぐ姿を見て、茂はふっと表情を緩めた。 「……しげ、どうかした?」 茂の隣に腰を下ろした達也が、微妙な表情を読み取って訊ねてくる。 「ううん……何もないよ」 その言葉が「また今度、話す」という意味だと悟った達也は、素直に「そう、わかった」と返答した。 ◆ 11月7日、日曜日。 智也と茂の誕生日パーティーは、達也と昌宏の部屋で開催された。 料理は昌宏と茂が中心になって作られた。つけ合わせなどさっとできるものは太一も担当した。 ケーキは前日から昌宏が焼いた、スタンダードなイチゴのショートケーキ。太一用、そして ケーキに立てられた18本の緑色のローソクと16本の赤色のローソクを茂と智也が吹き消して。 そのあと、茂が内緒やで、と言いながらワインを1本取り出して、皆に振舞った。 手料理もケーキもワインも、気持ちよいくらい全部平らげられた。 とりとめのない馬鹿話なんかをして、思う存分笑って――特別なことはなくとも、何より幸せな時間だった。 酔いが回ってぐっすりと眠ってしまった太一、昌宏、智也に毛布をかけ、達也は茂を送っていくために家を出た。 街灯に照らされ、並んで伸びる影を踏みながら歩いていく。 ふと、茂が視線を下に落としながら口を開いた。 「長瀬がな……昔のこと、知りたがってるみたいやわ。僕と達也がペア組んでた頃のこと」 「……そう」 「そんなん知って何になるわけでもないのになぁ。……そう言うたら、意味ないって何で決めつけるんだ、聞いてみなきゃわからない、って」 まるで理解できない、という表情の茂を見て、達也は相変わらずだなぁと思う。 達也が初めて出逢った頃から変わらない茂の本質。 茂は、自己を尊重する姿勢に乏しいのだ。 茂が達也のことを大切に思っていることと同じように、達也も茂のことを大切に思っているのだということが理解しにくいのである。 さすがに、今ではもう達也に対してそのようなことはないけれど。 「長瀬だけじゃないよ。面と向かっては言わないだろうけど、太一も松岡も、あなたのこと気にかけて、もっと知りたいって思ってる」 「そう……なんか?」 茂は戸惑いがちの声を上げる。 同じ学校に通う監督の対象だけれど、人付き合いがどちらかというと苦手な茂がここまで親密な付き合いをしているのだから、太一、昌宏、智也が茂にとって大切な存在になりつつあるのは間違いない。 ――そうなってほしい、と達也は願う。 茂を繋ぎ止める楔になるには、1人の力では足りないのだ。 茂が大切に思ってくれる人間が4人になれば、あるいは、勝ち目があるかもしれない――“あの人”に。 すべて――茂が達也とのペアを解消し 茂が幸せならそれでいいと思うけれど、達也には、“あの人”の傍に茂の幸せがあるとはどうしても思えないのだ。 「そうなんだよ」 今はわからなくても。――いつかわかってくれればいい。 「ねえ、しげ。今日楽しかったね」 「うん……またこういうの、やりたいなぁ」 その言葉と茂のやわらかな笑顔――達也にとって、今はそれで充分だった。 | |
2010.11.17 |
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